解説者のプロフィール

長坂斉(ながさか・ひとし)
●長坂歯科
東京都港区芝5丁目34−6 新田町ビル2F
03-3455-2220
http://www.nagasakashika.com/
長坂歯科院長。日本咬合聴力研究所所長。日本全身咬合学会指導医・認定医。国際歯科学士会会員。「噛み合わせと全身の健康」をテーマに活動している。著書に『難聴・耳鳴り・めまいは「噛みグセ」を正せばよくなる』(青春出版社)などがある
かみ合わせが原因で起こる不調「咬合関連症」
腰痛をはじめ、頭痛や肩こり、耳鳴り、めまい、手のしびれなど、全身のさまざまな不調は、実はかみ合わせが原因である場合が少なくありません。
長年、偏ったかみ方を続けていると、常にかむ歯がすり減り、前後・左右で歯の高さに差が生じます。すると、その差に応じて、頭の位置が傾きます。
頭が傾けば、バランスを取るために、首や肩の筋肉が異常に緊張します。この状態が長く続けば、背中や腰、ひざなどの骨もゆがみ、全身の不調を招くと考えられるのです。
さらに、物をかむさいに使う、咀嚼関連筋肉は、左右バランスよく使うことで、頭部の血流を円滑に保つしくみになっています。ですから、偏った使い方が習慣化すると、目や耳、鼻、脳などにも不調が起こりやすくなるのです。
このようなかみ合わせが原因で起こる不調を、「咬合関連症」といいます。整形外科などで治療を続けても、いっこうに改善しない腰痛は、もしかしたら咬合関連症かもしれません。
かみ合わせの状態は、聴力検査で調べることができます。
私がかみ合わせと聴力の関係に気付いたのは、30年ほど前、ある高齢の患者さんの治療がきっかけでした。
その患者さんは、顎関節症と併せて、腰痛や肩こり、耳鳴り、難聴など、全身の症状を訴えていました。それが、歯科治療によって、前後左右バランスよくかめるようになると改善したのです。このとき、聴力も回復しました。
その後、東北大学や東京歯科大学との共同研究で、さまざまなことがわかってきました。現在は、その人の左右の聴力を調べることで、どの歯をよく使っているのか・いないのかを、おおよそ判定できるまでになっています。
腰痛の場合は、片かみのクセがある人、奥歯でかめない人が多いようです。
腰痛は「片噛み癖」がある人に多い
日本人は、右手で持ったはしで食べ物を口に入れるため、左側の歯でかみがちです。
この左側の片かみが習慣化すると、左側の歯がすり減り、頭が左へ傾きます。すると、傾いた頭を支えるために、右側の首や肩の筋肉が異常に緊張します。
この状態が長く続くと、上体のバランスを取るために、腰の左側に負担がかかります。腰の左右どちらか一方が強く痛むという人は、片かみのクセがついているのかもしれません。
腰痛は、奥歯を抜いたままにしている人にもよく見られます。
若い人は、よくかむ=奥歯を使う、と考える人が多いようです。このような人は、40歳くらいになると奥歯がすり減り、頭の重心が後ろへ傾きます。これが原因で、首の痛みや四十肩が生じることもあります。
さらに、奥歯でのかみグセは、奥歯への荷重負担となり、奥歯周辺に炎症や歯周病が生じやすくなります。
奥歯に炎症などが生じると、今度は奥歯でかめなくなります。すると、歯の前側がすり減るため、頭の重心が前へ傾きます。その結果、上体のバランスを取ろうとして、腰に負担がかかるのです。
50歳以降でギックリ腰を起こしたり、腰痛がひどくなったりした人、首や肩にも不調があるという人は、奥歯を使えていないのかもしれません。

《かみ合わせが悪い人の骨格》
かみ合わせが悪い状態が続くと、左右前後の波の高さが変わり、それにより頭の位置が異常変化する。そのバランスを取ろうとして、頭を支える筋肉が緊張し、頭痛や肩こりが起こる。これがさらに、背骨、座骨、ひざへも影響を及ぼす。
噛み合わせを調整する「ティッシュかみ」のやり方
腰痛をはじめとする咬合関連症の予防・改善のためには、前後左右の歯をまんべんなく使う習慣を付ける必要があります。
当院では、かみ合わせ治療と合わせて、自宅でのティッシュかみを患者さんに勧めています。軽い咬合関連症であれば、このトレーニングだけでも改善するでしょう。
トレーニングは、朝、起床してすぐと、毎食後の1日4回行ってください。やり過ぎは、かえって歯に負担をかけます。食事は前後・左右の歯をまんべんなく使うように意識しましょう。併せてムシ歯や歯周病、かみ合わせの治療を行うと、効果はより出やすいはずです。
【ロールティッシュの作り方】
かみ合わせトレーニングには、市販のティッシュペーパーで作る「ロールティッシュ」を使用します。

❶ティッシュペーパーをタテに2つ折りにする。
❷さらにもう一度、タテに2つ折りにする。

❸②をくるくると丸める。巻き方がゆるいと、かんだときの刺激が得られないので、しっかり巻く。
❹出来上がり。これをかみ合わせトレーニングに使用する。
【ティッシュかみのやり方】
※ポイントばかりを意識してかみ過ぎると、かえってバランスがくずれるので、あくまでまんべんなくかむように注意する。
※本格的なかみ合わせ治療は、必ず専門の歯科医師に相談する。
※腰痛は咬合関連症以外でも起こるので、症状が長引くときや悪化するときは、専門医を受診する。

❶まず、右奥歯でかんだ後、少しづつ右奥歯へと移動させながら、合計で10回ほど、まんべんなくかんでいく。

❷次に、左も同様に、左前歯でかんだ後、少しづつ左奥歯へと移動させながら、合計で10回ほど、まんべんなくかんでいく。
●①〜②を1セットとして、朝起きてすぐと、毎食後に1セット行うとよい。
●腰痛は、奥歯で十分にかめていない人に多いので、①〜②のトレーニング時に、奥歯を少し意識してかむようにするとよい。
トレーニングを行うと、首や肩、腰の筋肉の緊張が取れるため、その場で腰の痛みが軽減する場合も少なくありません。
現在94歳のある女性は、5年ほど前に「口が開かない」と訴えて来院されました。彼女はひどい腰痛で、このときは車イスを使用していました。ひどい頭痛や肩こりもあったのです。
残った歯と合わせて、口全体を使えるよい入れ歯を作ったところ、入れ歯を入れたその場で、腰の痛みが消えました。そしてこの日は、自分で歩いて帰宅したのです。頭痛や肩こりも改善しました。
4年後、彼女はその入れ歯を紛失してしまいました。すると腰痛が再発し、歩行時に杖を使用するようになったのです。当院で再度入れ歯を作ったところ、腰痛は消え、杖を使わずに済むようになったそうです。
長年腰痛で悩んでいる人は、一度、かみ合わせを見直してみてはいかがでしょうか。