「単なる便秘」が命にかかわることもある
先日、30歳代の男性が、「朝、トイレで倒れた」と来院しました。検査の結果、そのかたは、瞬発的に血圧が急上昇するタイプだとわかりました。もともとの体質に加え、トイレでいきんだことで血圧が上がり、めまいを起こしたのでしょう。
このように、高齢者だけでなく、若い人でもトイレで倒れることがあります。ふろ場で、脳出血や脳梗塞を起こしやすいことはよく知られていますが、実はトイレでの事故も非常に多いのです。
朝、排便のためにトイレに入ったものの、スムーズに便が出ずにいきむと、血圧が上がります。冒頭の男性のように、一時的なふらつきで治まればいいのですが、脳の血管に異常が起こったら命にかかわります。
つまり、便が固まり、いきまないと出ない状態は、「単なる便秘」では済まされないのです。
循環器の医師である私が、「スムーズに排便する方法」を紹介する理由は、そこにあります。
私は、西洋医学のみならず、東洋医学にも範囲を広げ、治療方針を立てています。できるだけ薬を使わず、患者さんの負担をへらすためです。
その中の一つが、ツボ療法です。治療ではハリを使いますが、患者さんが自己療法として日常的に実践できるように、手でツボを刺激する方法を考え、勧めています。
今回ご紹介するのは、トイレで行うツボ刺激療法です。簡単で効果が高いので、ぜひ毎日の習慣にしてください。
洋式トイレを使用するかたは、便座に腰かけてから行うといいでしょう。和式トイレのかたは、トイレに入る前に、楽な姿勢で行ってください。
まず、手のひらを見てください。手のひらと手首の間に、横ジワがあります。この横ジワの下、小指寄りの辺りに、スムーズな排便を促す特効ツボが密集しています。
このエリアに、反対側の手の人差し指・中指・薬指を当てて、こすってください。「気持ちいい」と感じる程度の強さなら、縦にこすっても横にこすってもかまいません。
心身が休まって消化器が動きだす
なぜ、これらのツボをこすることで、お通じがスムーズになるのでしょうか。
下の図を見てください。手首の内側(手のひら側)の小指寄りには、神門、陰郄、通里、霊道というツボが並んでます。これらのツボは、いずれも心臓病の特効ツボとして知られています。
特に神門は、「神が出入りする重要な門」という意味を持ち、精神活動のバランスを取るツボとされます。イライラしているときや、興奮状態のとき、極度の緊張に見舞われたときなどに、このツボを刺激すると気持ちが穏やかになるのです。
心臓に負担がかかった状態のときや、イライラしているときは、血圧が高くなっています。それが解消すれば、当然、血圧も下がります。
つまり、手首のツボを刺激すると、副交感神経が優位になるのです。心身が休息モードになり、消化器の動きが活発になって便意を催し、肛門括約筋が緩みます。つまり、排便がしやすくなるのです。
副交感神経とは、内臓や血管を調整する自律神経のうち、体をリラックスさせるために働く神経です。体を活動的にするときには、交感神経が優位になります。これら二つの神経がバランスを取り合って、私たちの生命活動が維持されています。
交感神経は、別名「逃走神経」「闘争神経」といわれ、本来は、敵から逃げたり、敵と戦ったりするときに、短時間働くものです。逃走時・闘争時は、排便や飲食、睡眠などをしなくて済むように、内臓や血管が調整されます。短時間なら、生命活動に支障はないわけです。
ところが現代人は、常に緊張を強いられ、仕事に追われ、交感神経が長時間働いています。便秘や食欲不振、不眠に悩む人が多いのは、そのせいでしょう。夜の休息時間になっても、交感神経が優位なままで、体が休まらないのです。
働き方や生活習慣を変えるのが一番の解決法ですが、とりあえず自律神経の状態を正常にするために、ツボ療法を利用しましょう。
また、以前、ある小学生が「うちのおじいちゃんは、トイレで拝んでいます」と作文に書いたという話を聞きました。私はそのとき、「このおじいさんは、便秘だな」とピンと来ました。
手のひらをこすり合わせることで、手のひらにある労宮というツボと、少府というツボを刺激することができます。
労宮は、血流をよくする効果があり、少府はイライラを鎮める特効ツボです。手首のツボと併わせて刺激することで、副交感神経が優位になり、スムーズな排便につながります。
便秘がちな人、いきまないと排便できない人は、トイレで1分ほど拝んでみてください。手を上下に大きくこすり合わせると、手首のツボまで刺激できます。お試しください。