世界60ヵ国で摂取が義務付けられている
「葉酸」は、ホウレンソウの成分から発見されたビタミンB群の一種で、ラテン語の「葉」を意味する「フォリューム」が名前の由来です。
ホウレンソウやブロッコリー、アスパラガスなどの緑黄色野菜をはじめ、レバーやのり、大豆製品などに、葉酸は豊富に含まれています。
葉酸は別名、「造血のビタミン」とも呼ばれ、ビタミンB12とともに、血球を作る核酸の合成をつかさどっています。
葉酸かビタミンB12のどちらか一方が不足すると、「巨赤芽球性貧血」と呼ばれる悪性貧血の原因になります。
また、葉酸は、細胞の分裂・増殖・成熟に不可欠なアミノ酸やDNAの形成にもかかわっています。そのため、細胞分裂を活発にくり返して成長する胎児にとって、とりわけ重要な栄養素です。
母体内の葉酸が不足すると、脊椎に障害が生じる脊椎二分症という先天異常が起こりやすくなるのです。
葉酸が妊娠初期に必須のビタミンであることが明らかになってから、アメリカは、葉酸の推奨摂取量を1日400㎍と定めるとともに、1998年にはパンや小麦粉などの穀類100gに、葉酸140㎍を添加するよう義務付けました。
アメリカの政策は数年で実を結び、脊椎二分症の発生頻度は半減しました。
この結果を受け、カナダ、イギリスなど諸外国も、次々に穀類への葉酸添加を義務化しました。
オーストラリアとニュージーランドにいたっては、2007年から穀類100gに、280㎍の葉酸添加を義務付けました。これは米国の倍量に当たります。

認知症や心筋梗塞の予防にも有効
実は、葉酸を必要としているのは、妊娠を望む女性に限りません。葉酸は、動脈硬化を引き起こす「ホモシステイン」の蓄積を防ぐ働きがあることから、脳卒中や心筋梗塞(心臓の血管が詰まって起こる病気)、認知症予防に必須のビタミンといわれているのです。
葉酸はビタミンB12やB6とともに、肝臓内でメチオニンというアミノ酸の代謝にかかわっています。
ホモシステインは、メチオニンが代謝する過程で生じるアミノ酸であり、葉酸が十分量あれば、代謝されて元のメチオニンや無害なシステインに変換されます。
ところが、葉酸が不足すると、代謝サイクルに障害が生じてホモシステインが過剰になり、血液中のホモシステインの濃度が上昇します。
ホモシステインが増え過ぎると、血液中の活性酸素(組織を傷つける猛毒)が増加し、血管壁を傷つけて動脈硬化が起こりやすくなります。その結果、心筋梗塞や脳卒中を発症するリスクが高まるのです。
また、ホモシステインは脳の神経細胞にも有害な作用をもたらすことが明らかになっており、血液中のホモシステイン濃度が高くなると、認知症を発症しやすくなることも判明しています。
葉酸を十分に摂取し、血中のホモシステインの濃度を下げることが、さまざまな病気予防につながることが、複数の研究によって明らかにされています。
アメリカでは脳卒中の死亡率が激減
まず、アメリカの例をご紹介しましょう。メタボリックシンドロームは世界中で増加しています。ところが、アメリカで国民の死亡統計をとったところ、脳卒中(主に脳梗塞)の死亡率は激減していました。

先述したように、1998年から葉酸の摂取を強化したことが功を奏しているものと考えられています(図2参照)。
心筋梗塞の発症にも、葉酸の摂取量が深くかかわっています。図3が示すように、葉酸の摂取量が少ないグループ(272㎍未満)に比べ、摂取量が多いグループでは心筋梗塞の発症が低くなっていることがわかります。
心臓病や脳梗塞、認知症を予防するには、ホモシステインの増加を防ぐことが不可欠です。そのためには、体内の葉酸の濃度を一定量以上に保たなくてはなりません。
水溶性のビタミンである葉酸は、水に溶けやすいため、調理の方法によって利用率は大幅に変わります。
また、体が葉酸を利用できる率も個人差が大きいため、日本の推奨量は安心できるレベルとはいいがたいのです。
特に問題になるのは、遺伝的に葉酸の取り込みが悪い人です。日本人の15%は、メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素のTT型を持ち、この人たちは葉酸の代謝能力が低いために、3.5倍も脳梗塞を発症しやすいことが、東京大学の研究でわかっているのです。
TT型の場合、推奨量以上の葉酸を摂取する必要があります。
最近の研究で、葉酸を1日400㎍摂取すると、TT型でもホモシステインを一般人並みに下げられることがわかりました。つまり、葉酸をしっかり摂取すれば、TT型の人も脳梗塞は予防できるということです。
埼玉県坂戸市では、私が勤務する女子栄養大学と共同で、葉酸を積極的に摂取する「さかど葉酸プロジェクト」を推進しています。
プロジェクトの一環として、栄養指導の講演会を開催し、葉酸を多く含む野菜の摂取を受講者に呼びかけています。
私たちが推奨する葉酸の摂取量は、400㎍以上です。
受講者には、初めに血液検査を行い、血清葉酸値とホモシステインの値を出します。そして、半年後に、もう一度、同じ検査をするのです。

半年後に坂戸市民の血液数値が大改善
図4をご覧ください。栄養指導の結果、受講者全員で血液中の葉酸値が上昇し、ホモシステインを減少させることができました。病気の予防は、日々の食事から始まるといえましょう。
葉酸は、年齢とともに発症リスクが高まる認知症の予防にも効果があると考えられています。
認知症は大きく分けて、脳血管性認知症と、アルツハイマー型認知症の二つのタイプがあります。前者は脳内の血管で動脈硬化が進むことで、血液が脳の組織に行き渡らなくなり、脳細胞が障害されて認知症を発症します。
後者は、脳内にアミロイドβたんぱく質が異常に蓄積することによって、脳神経を障害する老人斑が増加し認知症を発症します。葉酸は、どちらのタイプの認知症予防にも、有効とされています。
アルツハイマー型認知症の発症率は、女性は男性の2倍の高さになっています。アメリカの研究では、葉酸総合ビタミン剤を摂取することで、アルツハイマー病予防になることが明らかになっています(図5参照)。
男性に比べ、女性は長寿ですが、最後の4年間は認知症で寝たきりになる人の割合が多いとされています。
健やかに年齢を重ねるためにも、葉酸をしっかり摂取することが大切です。

数ある栄養素の中で、摂取が義務化されているのは、後にも先にも葉酸だけです。いかに重視されているか、おわかりいただけるでしょう。
2012年現在、葉酸の摂取を法的に強化している国は60ヵ国に上り(図1参照)、これらの国々では脊椎二分症が減少の一途をたどっています。
ところが、大変残念なことに、日本はこの60ヵ国の中に入っていません。
先進国で唯一、日本だけが脊椎二分症が増加傾向にあるのも、葉酸の摂取量が十分でないことが挙げられます。
2010年版「日本人の食事摂取基準」では、巨赤芽球性貧血の予防を目的に、1日当たりの成人の葉酸推奨量を240㎍、妊婦の推奨量を480㎍としています。
しかしながら、葉酸に対する認知度が不十分であることや、偏った食生活、ダイエットの影響で、野菜不足は慢性化しています。
そのため、妊娠の可能性がある女性のほとんどは、推奨量を満たすどころか、決定的な葉酸不足に陥っているのが現状です。