解説者のプロフィール

髙橋弘(たかはし・ひろし)
●麻布医院
東京都港区麻布十番1-11-1 エスティメゾン麻布十番 3階
03-5545-8177
https://www.azabu-iin.com/
麻布医院院長。医学博士。ハーバード大学医学部内科元准教授。日本肝臓学会肝臓専門医。日本消化器病学会専門医。日本内科学会認定内科医。専門はガンと肝炎の治療。2009年より現職。食事と病気の関係に着目したファイトケミカルの研究に情熱を注ぎ、独自の野菜スープ(ファイトケミカルスープ)を考案。治療の補助として患者に積極的に勧めて、成果を上げている。『ハーバード式「野菜スープ」でやせる! 若返る! 病気が治る!』(マキノ出版)など、著書多数。
ファイトケミカルは植物にしか作れない
ファイトケミカル[phytochemical]のファイト(phyto)は、戦うという意味ではありません。ギリシャ語で"植物"を意味する言葉です。ケミカル(chemical)は英語の"化学成分"のことです。

ファイトケミカルは、植物が作り出す天然の成分です。紫外線により発生する活性酸素や、害虫などによる危害から、植物が身を守るために自ら作り出す成分です。植物しか作ることができないので、我々動物は、植物を食べることによってしかファイトケミカルを取ることができません。
ファイトケミカルが注目されるようになったのは、最近のことです。
これまで私たちが学んできた栄養学は、「5大栄養素」が中心でした。5大栄養素とは、よく知られる、糖質(炭水化物)、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラルのことです。
5大栄養素、そして第6の栄養素と言われる食物繊維についで、ファイトケミカルを第7の栄養素と言う人もいますが、ファイトケミカルは栄養素ではありません。
なぜなら、5大栄養素のように、体を構成する成分になったり、エネルギーを作ったりしないからです。
しかし、5大栄養素に勝るとも劣らない、非常に重要な機能を担っています。
ファイトケミカルの9割は、野菜や果物など、私たちが日常的に食べている食品に含まれています。
■赤ワインの色素成分【ポリフェノール】
■トマトやスイカの色素成分【リコピン】
■大豆【イソフラボン】
■ゴマ【リグナン】
■お茶【カテキン・タンニン】
■ブルーベリーの色素成分【アントシアニン】
■柑橘類の苦みや香り成分【テルペン】
■ニンジン・カボチャの色素成分【β−カロテン】
■タマネギ・ニンニク【システインスルホキシド】
■キャベツ・ブロッコリー【イソチオシアネート】
ファイトケミカルが担う病気を予防する機能性
私たちがモノを食べるのは、なんのためでしょうか。それは、次の3つの機能のためだと、私は考えています。
①栄養としての機能
体の構成成分になったり、生きるためのエネルギーを作ったりする機能です。
②嗜好面での機能
おいしい、よい香りがするといった、食事を楽しくさせる機能です。
③生活習慣病などの病気を予防する機能
食事によって作られる病気は、食事によって防ぎ、治すことができます。
①は、言うまでもなく、5大栄養素が担っています。
②は5大栄養素とファイトケミカルの両方が担っています。食品の色、香り、苦み、渋みなどは、ファイトケミカルによって醸し出されます。
③は、ファイトケミカルにしかできない機能です。そしてこれが、特筆すべきファイトケミカルの働きなのです。
どういうことなのか、わかりやすい例でお話ししましょう。
自動車は、ガソリンを燃やして走ります。すると排気ガスが出て、大気を汚染します。人間も、同じようにエネルギーを燃やして生きています。そのとき、排気ガスと同じように、ゴミがたくさん出ます。
そもそも人間は、呼吸するだけで活性酸素というゴミを排出し続けているのです。活性酸素とは体をサビさせる物質です。車なら、排気ガスを外に捨てればいいでしょうが、人間の体はそうはいきません。ゴミをどんどん体の中にため込んでいきます。
すると、体のあちこちで不都合が生じてきます。その結果生まれたのが、がん、糖尿病、高血圧、高脂血症、肥満などの現代病である生活習慣病です。
抗がん作用、抗酸化作用、免疫力の向上作用がある
5大栄養素は、病気を作っても治すことはできません。かわりに病気を予防し治すのが、ファイトケミカルです。ファイトケミカルは、5大栄養素の出すゴミを、無毒化しているのです。
ファイトケミカルの機能は多岐にわたります。主な点は次の3つです。
①抗酸化作用
活性酸素の害を無毒化し、体の酸化を抑える作用です。活性酸素は遺伝子を傷つけてがんを引き起こしたり、脂質を酸化して動脈硬化を促進したりするなど、多くの病気や老化の原因になる物質です。
②抗がん作用
発がん物質を抑制したり、肝臓の解毒作用を高めたり、がん細胞のアポトーシス(自殺死)を促してがんを予防する作用です。
③免疫の増強・調整作用
免疫細胞の数を増やしたり働きを活性化させたりして、体内に侵入した病原菌やがん細胞などと戦う力を強化する作用です。高くなりすぎた免疫を抑制する作用もあります。
そのほかにも、美容によいもの、目を健康にするものなど。また機能だけでなく、種類も豊富です。ファイトケミカルは、現在見つかっているだけでも数千種類ありますが、おそらく1万5000種くらいあるだろうと推定されています。
一方、5大栄養素の種類は、数えるほどしかありません。ビタミンや微量ミネラルを入れても、全部で50にも満たないでしょう。現代の生活習慣病を予防し、健康で長生きするためのカギは、ファイトケミカルが握っているのです。
体内でエネルギーが代謝されたり、外からウイルスや細菌が侵入したりすると、活性酸素の一種である「スーパーオキシド」という物質が発生します。スーパーオキシドは、非常に不安定な状態となった活性酸素で、自らを安定させようとして周りにさまざまな危害を与えるようになります。
通常は、スーパーオキシドは解毒酵素によって分解され、無毒化されます。ところが、この抗酸化作用は加齢とともに低下します。さらに、紫外線やストレス、過剰な運動などにより、活性酸素はどんどん増えてしまいます。処理が追いつかず、体内にスーパーオキシドがどんどんたまってしまうと、より毒性の強い活性酸素へと変化していきます。
その代表ともいえるのが、ヒドロキシラジカル(•OH)です。スーパーオキシドの数十倍もの酸化力を持ち、遺伝子を傷つけて発がんの引き金となる強力なイニシエーター(発がん物質)です。人間は、ヒドロキシラジカルを無毒化する能力を持っていません。
これに対して、野菜に含まれるα-カロテンやβ-カロテン、フラボノイドなどのファイトケミカルは、非常に強い抗酸化力を持っているので、ヒドロキシラジカルを無毒化して遺伝子を守り、発がんを予防してくれるのです。
細胞膜を壊さないと体に吸収できない
このようにファイトケミカルは、私たちが健康に生きるために欠かせない物質で、野菜や果物を食べることで摂取できます。
しかし、その多くは、細胞や細胞膜の中に隠されており、細胞膜を壊さなければ私たちの体内に吸収されないのです。
ところが、植物の細胞や細胞膜は、セルロース(繊維質)でできた細胞壁に囲まれているため、包丁で刻んだり、ミキサーで粉砕した程度では壊れません。
細胞壁を壊す最も簡単な方法は、加熱することです。
野菜を加熱してスープにすると、細胞壁が壊れて野菜の細胞や細胞膜からファイトケミカルの大部分がゆで汁(スープ)の中に溶け出してきます。一定時間煮続けると、その8〜9割がスープに溶け出ます。
ファイトケミカルは安定的な物質で、熱に強く、加熱しても効力は失われません。したがって、ファイトケミカルは、煮てスープにすることによって、有効成分をムダなく摂取することがでます。

《スープは生ジュースより数百倍も抗酸化力が強い(前田浩教授らの研究)》
これを裏付ける研究をご紹介します。図は、熊本大学医学部微生物学教室の前田浩教授らの研究です。前田教授らは、各種野菜の生のしぼり汁と、ゆで汁に含まれる成分を取り出し、脂質に対する抗酸化力を比較しました。
すると、驚くべきことに、ゆで汁は、生のしぼり汁の数百倍の抗酸化力があったのです。白印が野菜の生の抽出成分、赤印がゆで汁の抗酸化力を示しています。例えば、ニンジンでは、生のしぼり汁(ジュース)の抗酸化力を1とすると、ゆで汁の抗酸化力は約100倍でした。これは、ファイトケミカルがスープに溶け出た結果です。
野菜は「熱を加えるとビタミン類が破壊されてよくない」とされ、サラダとして生で食べることが勧められてきましたが、抗酸化力の面では、加熱して、そのスープを摂取するのが効果的と言えます。
ファイトケミカルは、植物が紫外線や害虫から自分の身を守るために合成している物質なので、日光を浴びた野菜に豊富に含まれています。スープを作るときには、露地栽培の旬の野菜を選ぶといいでしょう。
「ファイトケミカルスープ」の作り方

「ファイトケミカルスープ」の魅力は、なんと言っても「シンプルで簡単なこと」です。基本のスープで使う野菜は、キャベツ、タマネギ、ニンジン、カボチャだけ。いずれも日本全国どこでも売っていて、1年中手に入る野菜です。しかも、比較的安価です。
そして、作り方もシンプルです。鍋に野菜と水を入れ、ふたをして煮るだけ。味つけは、基本的にしません。野菜のうまみがにじみ出たシンプルな味は、飽きが来ず、長続きします。
しかし、シンプルだからこそ、素材が大事です。よい土壌で、日ざしをたっぷり浴びて育った野菜を選んでください。野菜はその土地の栄養やエネルギーを吸い取って成長します。その大地の恵みを、私たちは野菜からもらっているのです。
前述の野菜だけでなく、どんな野菜にもファイトケミカルは含まれています。旬の野菜で、いろいろなスープを味わってください。

野菜各100gはこれぐらいの大きさ!
【材料】(1人分:野菜400g)
※厚生労働省の野菜の摂取目標は1日350g以上
●キャベツ…100g
●タマネギ…100g
●ニンジン…100g
●カボチャ…100g
●水…約1L

【作り方】(1人分:野菜400g)
❶野菜はよく水洗いして、下記の要領でそれぞれ一口大に切る。
キャベツ:芯を取り除く
ニンジン:へたを切り落とし、皮つきのまま
カボチャ:ワタと種をスプーンで取りのぞき、皮つきのまま
タマネギ:外皮をむいて、根と先を切り落とす
【ポイント】野菜は皮ごと使う
外側の皮の部分には、ファイトケミカルが最も多く含まれているので、野菜は皮ごと使います。

※タマネギの外皮、キャベツの芯、ニンジンのへた、カボチャのワタや種は、食べにくいが有効成分が多い部分でもある。だしパックなどに入れ、一緒に煮出してスープにするとよい。食べるさいには取り除く。

❷①で切った野菜を鍋に入れ、野菜が隠れるくらいの水(約1L)を加える。
【ポイント】鍋はフタがしっかり閉まるもの
ふたをして煮るのは、揮発性のある野菜の有効成分を湯気とともに飛ばさないようにするため。できればホーロー鍋がお勧め。

❸有効成分が飛ばないようにふたを閉め、強火にかける。沸騰したら火を弱めて、ふたをしたまま約20分煮る。
【ポイント】味付け
食塩など、調味料は原則としていっさい加えません。野菜本来の甘みとうまみで、おいしく味わえるでしょう。ただし、味にアクセントが欲しいときは、黒コショウやカレー粉、乾燥ハーブなどを入れると食べやすくなります。

基本の野菜スープは、キャベツ、タマネギ、ニンジン、カボチャを使いますが、トマトやセロリなど、ほかの野菜と入れ替えたり、加えたりしてもかまいません。野菜は、新鮮で、自然の光をたっぷり浴びて育った露地ものを選ぶとよいでしょう。
高橋弘医師も勧める『最強の野菜スープ』(前田浩著・マキノ出版)が好評発売中