
マクガバンレポートでのハーバード大学の功績
1977年に米国で発表された「マクガバンレポート」は、アメリカのみならず、全世界に大きな衝撃を与えました。誤った食事や栄養の取り方によって病気が起こることがわかり、病気にならないための食生活の指針が、このレポートで初めて示されたのです。
発表後、アメリカでは食事を通じて病気を予防する研究や取り組みが盛んになりました。病気を治療ではなく、予防を重視した対策へと方向転換が図られるようになったのです。
当時、このレポートの作成にハーバード大学も深く関わっており、ハーバード大学公衆衛生大学院栄養学教室のマーク・ヘグステッド教授は、その中心メンバーでした。
1980年代に、ハーバード大学に留学し、がんと免疫の研究に取り組む私にとって、このマクガバンレポートや、その後の「デザイナーフーズ計画」はとても刺激的で、日頃食べている食品と免疫との間にどのような関係があるのか、強い関心を持つようになりました。
そして25年にわたってハーバード大学などで研究し、「免疫栄養学」という新しい分野を打ち立てました。ファイトケミカルの研究も、その一環として行ってきたものです。
免疫は下がりすぎても上がりすぎてもダメ
ところで、免疫とはなんでしょうか。免疫という言葉が今しきりに使われていますが、その意味を正確に答えられる人は、あまり多くないように思われます。
例えば、「免疫を上げよう」「免疫を高めよう」とよく言います。しかし免疫の意味を考えると、この表現だけでは不じゅうぶんです。免疫は上げたり高めたりするだけではなく、整えることが重要だからです。
免疫とは、「自分と自分でないものを見分け、自分ではないもの(病原体や毒素など)を排除して、自らの健康を守るシステム」のことです。これを一方的に高めると、逆にバランスを崩してしまいます。
免疫のシステムは、体中にはりめぐらされています。
例えば、その一つが、外からの侵入者を見回る「パトロール隊」。このパトロール隊の役割をするのがNK細胞(ナチュラルキラー細胞)やマクロファージ(貪食細胞)、好中球、好酸球と呼ばれている免疫細胞です。
さらに手強い敵には、もっと強力な武器を持つ「機動隊」とも言うべき細胞軍団が対処します。この機動隊は、細胞傷害性Tリンパ球と呼ばれています。
免疫はこのように、二段構えの連携プレーで、敵に攻撃を仕掛けるしくみになっています。
しかし、なんらかの理由でそのシステムがバランスを崩すようになると、自分ではないものに過剰に反応したり、本来は攻撃してはいけない自分に対して攻撃したりするようになります。前者の代表が花粉症であり、後者の代表が関節リウマチのような自己免疫疾患です。
免疫を上げるだけでは、バランスは崩れる一方です。上げるだけではなく、バランスを整えるほうがもっと重要なのです。
野菜スープはバランスが非常にいい
そういう観点から食品と免疫の関係を調べると、人間の免疫システムに関わる食品の多くが、上図のような3つの「力」に集約されることがわかりました。
免疫細胞をつくったり、免疫機能全体を守り正常に機能するよう維持するのが、①の「免疫システムを守る」です。「免疫を高める」というのは、②にあるような「免疫の攻撃力を強める」です。しかし、攻撃力が強くなりすぎると炎症が起こります。
炎症は胃炎や肝炎、アトピー性皮膚炎などの炎症性疾患を引き起こすだけでなく、がんの誘因になると言われています。ですから、攻撃一辺倒ではダメなのです。
攻撃力が度を過ぎないように抑えるのが、③の「アレルギーや炎症を抑える」です。これによって過剰になった免疫を下げたり、がんの誘因になる炎症を抑えたりして、免疫のバランスを整えます。
では、食事で免疫を整えるにはどうしたらいいのでしょうか。それは、3つの力を持つ食材をバランスよく食べることです。そういう視点で見ると、4つの野菜で作る野菜スープ(ファイトケミカルスープ)は、非常にバランスがよいのです。
ニンジンに含まれるβ-カロテンは、抗酸化作用があり、免疫細胞を活性酸素から守ります。また、β-カロテンは、病原菌やがん細胞と闘うNK細胞、マクロファージ、T細胞を活性化します。さらに、体内でビタミンAに変換され、皮膚や粘膜などの免疫バリアを健康に保つ働きもあります。
タマネギには、皮の黄色い部分にケルセチンと呼ばれるファイトケミカルが含まれます。ケルセチンには、炎症を起こす原因であるプロスタグランディンの産生を抑制して炎症を抑える働きや、IgEなどの抗体の産生を抑制してアレルギー反応を抑える働きなどがあります。
キャベツに含まれるグルコシノレートは、イソチオシアネートに変化し、抗酸化作用で免疫細胞を活性酸素から守ります。
カボチャのβ-カロテンも、病原菌やがん細胞と闘うNK細胞、マクロファージ、T細胞を活性化する働きがあります。また、カボチャにはビタミンCやビタミンEなどの抗酸化作用を持つビタミンが豊富に含まれ、β-カロテンとの相乗作用で免疫細胞を活性酸素から守ります。
一方、基本のスープに付加価値をつけることもできます。先ほどの3つの力の中で、特定の力を強く発揮する食品があります。
例えば、①の「免疫システムを守る」ならノリやターメリック、②の「攻撃力を強める」はシイタケやコンブ、③の「アレルギーや炎症を抑える」はピーマン、トマトなどです。
基本のスープに、これらの食品を加えると、特定の症状や病気を予防したり改善したりできます。
がんの予防なら、攻撃力の強いシイタケ、インフルエンザなら抗ウイルス作用のあるショウガ、アトピー性皮膚炎なら抗アレルギー作用のあるピーマン、という具合です。
免疫栄養学の研究は、まだ緒についたばかりです。これから研究が進めば、ファイトケミカルの可能性はさらに広がるでしょう。
