「幸せ物質」はほとんど腸で作られている
「腸は第2の脳である」といわれています。これは、腸の重要性を示す言葉であるわけですが、私ならば、こういうでしょう。
「腸は脳より賢い」
少々、大げさと思われるでしょうか。しかし、私は決して誇張しているわけではありません。腸に関する研究が進んだことで、腸が脳より賢いことを示す、さまざまな証拠が判明してきたからです。
皆さんは、腸は消化の目的だけで働いているというようなイメージをお持ちでしょう。しかし、実際には、腸の働きはそれだけに限りません。例えば、人間の感情や気持ちなどを決定する物質は、ほとんど腸で作られています。
人が幸せと感じるのは、脳から分泌される脳内伝達物質が関係しています。その1つがセロトニンで、喜びや楽しみを伝える物質です。もう1つがドーパミンで、私たちのやる気を起こさせる物質です。
これらは、食物から摂取されるアミノ酸から合成されます。ただし、腸に存在する腸内細菌がバランスよくふえていないと、アミノ酸を多く含む物質をいくら食べても、合成できません。いわゆる「幸せ物質」であるセロトニンも、ドーパミンも、腸において、腸内細菌の助けによって合成されているのです。
例えば、セロトニンの90%は腸に存在しています。残りの8%は血液中に存在し、わずか2%が脳で人間の精神活動にかかわっています。そして、この2%のセロトニンも、その前駆体はまず腸で作られ、それが脳に送られることで、初めて脳で幸せ物質として働くのです。
近年、日本では、うつになる人がふえています。先進国の中で、日本は最も自殺率の高い国でもあります。これには、日本人の腸内細菌の量がへってきたことが関係していると私は考えています。
例えば、メキシコは世界で最も自殺の少ない国です。貧しい人が比較的多い国であるにもかかわらず、なぜメキシコでは自殺が少ないのでしょうか。
調べてみると、メキシコ人は、世界で最も多くの食物繊維を摂取していることがわかりました。メキシコ人の1日の食物繊維摂取量は、93・6g。日本人はその4分の1程度。しかも、その摂取量は年々へっています。
食物繊維は、腸内細菌が好んで食べるえさです。食物繊維をじゅうぶんにとって、腸内細菌をよく育て、腸の働きをよくすることが、うつや自殺の予防のためにも役立つと考えられるのです。
私の友人である中国人の学者は、ブタに乳酸菌を食べさせる研究をしています。乳酸菌を食べさせると、ブタは肉質がよくなるだけではなく、性格がよくなり、おとなしくなるといいます。
また、スウェーデンの研究では、腸内細菌を持たないマウス(実験用のネズミ)は、成長すると、攻撃的なマウスになってしまいます。このマウスの成長期に腸内細菌を導入すると、おとなしいマウスに成長します。こうした実験から、腸内細菌が脳の発達にも深くかかわっていることが判明してきました。
このようなさまざまな研究成果から、私たちの幸せを担っているのが、実は腸だということがわかるのです。

腸をかわいがればいつまでもボケない
腸の大事な働きは、そのほかにもたくさんあります。腸は病原菌を排除し、消化を助け、ビタミンB群やCなどを合成し、免疫力の70%を担当しています。
私たちの体は、60兆個の細胞から構成されていますが、毎日莫大な数の細胞が生まれ、かつ死んでいきます。このうち、1万5000個以上のガン細胞が出現します。ガン細胞がガンにならないようにしているのが、Th│1細胞の免疫システムです。この免疫システムを高めるためにも、腸の腸内細菌が重要な役割を果たしています。
ですから、ガンを予防するにも、腸の状態を整えることが大切です。免疫力が高ければ、アレルギー疾患や自己免疫性疾患にもなりにくくなりますし、生命力も高まります。つまり、腸年齢が若いと、長生きするのです。
皆さんも、納豆をはじめとする発酵食品や、食物繊維の豊富な野菜類・穀類などを毎日よく食べて腸内細菌を育て、腸をかわいがってください。また、よくかんで食べることや、加工食品や食品添加物の摂取をへらすこと、規則正しい生活でストレス解消を心がけ、楽しく暮らすことなども、腸を喜ばせる大事な要素です。
こうして腸をかわいがれば、全身の調子がよくなり、いつまでも元気で、「疲れない」「ボケない」「老いない」生活を続けられる。私はそう確信しています。
解説者のプロフィール

藤田紘一郎
1939年、中国(旧満州)生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業。東京大学医学系大学院博士課程修了。医学博士。
金沢医科大学教授、長崎大学教授、東京医科歯科大学大学院教授を経て現職。
2000年に、日本文化振興会・社会文化賞、及び国際文化栄誉賞を受賞。
『脳はバカ、腸はかしこい』(三五館)をはじめ、著書多数。