私のクリニックは、大分県竹田市の長湯温泉にあり、内科治療に加えて、さまざまな患者さんに温泉療法を行っています。
温泉療法の効果を日々実感しているわけですが、「なぜ温泉が体にいいのか」という根本的な疑問に対しては、はっきりとした答えを持っていませんでした。
いくつか可能性のある答えはあります。
私が行った実験では、長湯温泉のお湯と、沸かし湯を比べた結果、長湯温泉のお湯には優れた温熱効果があることが判明しています。温泉から出た後も皮膚温が上昇し、その温熱効果が一定時間持続するのです。
また、長湯温泉は炭酸泉(二酸化炭素が溶け込んだ温泉)ですが、炭酸泉に入浴すると、全身の血管が拡張して、血流が促進されます。すると、酸素を多く含んだ血液が全身をスムーズに流れるようになり、筋肉や皮膚などの酸素量が増加します。このような局所の酸素量の増加が、関節の痛みや皮膚の障害の改善につながっているのではないか、と考えられます。
また、温泉に入ることによって、全身の血行が促進される効果もあるでしょう。
しかし、入浴中や出浴後10分ほどまでは、局所の酸素量が増加しても、それが1日じゅう続くわけではありません。では、温泉療法の持続的な効果をどう説明したらいいのか。温泉療法に携わる私にも、それは解けない謎の一つでした。
その謎を解くヒントと思われるものが、愛知医科大学の伊藤要子先生が研究されている、HSP(ヒートショックプロテイン)です。
HSPは、熱などのストレスによって誘発されるたんぱく質で、ストレスから体を守り、細胞の修復を促したり、細胞を元気にする働きをしています。
優れた温熱効果を持つ長湯温泉に入浴すると、効率よくじゅうぶんに体を温めることができます。すると、この熱ストレスに反応してHSPが大量に発生し、このHSPが病気の回復を助けているのではないか、と考えられるのです。
しかも、一度増加したHSPの効果は、何日間かにわたって続くので、温泉療法の持続的な効果ともつじつまが合います。
私は、数年前の温泉療法の学会で、伊藤要子先生の研究を知り、先生にご協力いただいて、温泉療法によってHSPがふえるかどうか、実験を行いました。

HSPが大量発生し病気の回復を助ける

しびれや痛みの改善にも顕著な効果!
ご協力いただいたのは、2型糖尿病、いわゆる生活習慣が原因の糖尿病患者さんたちです。
まず、入浴前から少しずつ、500㎖のペットボトルで給水します。
41度前後のお湯に、約10分間入ってもらいました。舌下温(舌の下で測った体温)が、元の体温より1度以上上がるまでを、一つの目安にしました。
入浴後は、バスローブを着て、保温材をはさみ込んだ毛布などにくるまり、30分間保温します。入浴中や保温中も、水を飲み、脱水にならないよう注意します。
このような手順で入浴した後、患者さんのHSPを計測したところ、HSPが増加していることが確かめられました。さらに、HSPの増加に応じて、多くの糖尿病患者さんの血糖値が下がってくる傾向も認められました。
ただし、この血糖値の低下については、さまざまな要素がかかわっています。私のクリニックでは、糖尿病のかたに食事療法と運動療法を指導し、必要であれば内科治療も行います。それに加えて温泉療法を行ったわけですから、血糖値が下がった場合、どの治療がどれほど影響したかを決めることは難しいのです。
ともあれ、この入浴法が効果を上げたと思われる症例を紹介してみましょう。
70歳代半ばの男性で、糖尿病の患者さんです。軽い脳梗塞があり、両ひざが悪く、運動療法による糖尿病の改善は望めない状況でした。
そこで、薬は変更せずに、食事療法とこの入浴法を、週3回実施しました。その結果、1週間後には食事前後の血糖値が低下し、その後も血糖値は徐々に安定していきました。
また、血糖値を下げるホルモンであるインスリンの効きにくさ(インスリン抵抗性)を示す数値(HOMA─R。1・6以下で正常、2・6以上でインスリン抵抗性あり)を調べると、入浴開始前は5・0と基準値をかなり超えていましたが、1週間後には1・6と基準値以下まで低下しました。つまり、より少ないインスリンの分泌で、効率的に血糖値を下げられるようになったのです。
このHSP入浴法はまた、糖尿病患者さんがしばしば悩まされる、手足のしびれや痛みの改善にも効果的です。
もちろん、糖尿病以外の原因で起こる、腰やひざなどの慢性的な痛みの改善にも、顕著な効果を見せています。
今後も入浴法の研究を引き続き行い、病気への効果を検討していきたいと考えています。