重度の心臓病患者にお風呂はご法度
世界広しといえども、日本人ほど温泉好き、風呂好きの国民はいないでしょう。入浴して体が温まると、全身の血流がよくなって疲れが取れます。
入浴は体だけでなく、心もリラックスでき、血管の機能が改善することもわかっています。
ところが、そんなに体によい入浴でも、心臓の悪い患者さんには勧められません。弱っている心臓に、いくつもの負荷がかかるからです。
まず、ヒートショックの問題があります。風呂場と脱衣所に急激な温度差があると、血圧が急変して突然死する恐れがあります。
また、水圧も危険です。
お湯に体を50㎝沈めると、計算上では体表面積1・5㎡の体に750㎏の水圧がかかります。この水圧によって血液が心臓のほうにしぼり出されれば、働きの悪い心臓に大量の血液が流れて、心臓の負荷が大きくなります。また、呼吸も抑制されて、息苦しくなります。
ですから、重い心臓病の人には、入浴やサウナは禁忌です。
ところが、そんな心臓病の患者さんでも、条件を整えた温浴療法なら逆に効果があることがわかっています。
それが、霧島リハビリテーションセンターで元鹿児島大学循環器呼吸器代謝内科教授の鄭忠和先生が開発された「和温療法」です。
「死ぬ前に一度でいいから温泉に入りたい。それが叶えば、いつ死んでも本望だ」
和温療法の研究は、重症心不全の患者さんのこの言葉から始まりました。
鄭先生はさまざまな基礎研究と臨床試験を積み重ね、1989年に和温療法を完成させました。
それは、60℃の乾式サウナ浴に15分間入り、30分間毛布にくるまって保温し、終了後に発汗した分の水分を補給するというものです。
これを毎日(週5回)行って2週間続ける、というのが1クールの治療です。
心不全の治療ガイドラインにも、和温療法はクラス1の補助療法として推奨されています。クラス1とは、効果が医学的に実証されており、最初に選択されるべき補助療法ということです。
和温療法で劇的に改善したAさんの例
私が勤務する埼玉医科大学国際医療センターは、心臓移植の認定施設で、重症の心不全の患者さんがおおぜい来られます。
心不全とは、さまざまな原因によって心臓のポンプ機能が低下し、必要とされる血液量を送り出せなくなってしまう病気です。
重症になると、どんな治療をしてもよくならず、くり返し心不全の症状を引き起こします。
しかも、心移植の適応条件は厳しく、誰もが心移植を受けられるわけではありません。
そういう、何をしてもよくならない患者さんに何かよい治療はないかと、2009年に導入したのが和温療法でした。
その1例目となったAさん(60代女性)は、この治療で目覚ましい効果を得て、私たちが本格的に和温治療に取り組むきっかけになりました。
Aさんは拡張型心筋症で、難治性の重症心不全でした。当院に転院される前から、心機能の指標である左室駆出率が10%前後しかなく(基準値は60〜70%)、最大血圧は70㎜Hg台でした(最大血圧の基準値は80~140㎜Hg)。
血圧が低い人には昇圧剤(血圧を上げる薬)の点滴を打ちますが、通常は1週間くらいで点滴が外れます。
しかしAさんは、常時、昇圧剤を使わないと心臓の機能が維持できず、点滴が外れるまでに5ヵ月かかりました。
その後退院されましたが、3週間でまた心不全を起こし、再入院。救命的にも難しい局面を迎えていました。
そんな状態で和温療法を行ったところ、わずか20日で点滴から離脱でき、4000pg/㎖以上あったBNP(心臓に負担がかかると増えるホルモン)が、1ヵ月で500pg/㎖まで下がったのです(基準値18・4pg/㎖以下)。
このようにAさんに和温療法は劇的に効き、ご本人も「今までの治療の中でいちばん自分に合っている」とおっしゃって、退院後も外来で治療を続けました。その後は長期入院することなく、6年後に亡くなるまで自宅で過ごすことができました。
そのほか、私たちの研究ではありませんが、心不全に対する和温療法の効果が次のように報告されています。
薬物療法を主とした非和温療法群と、和温療法を併用した群で5年後の死亡と再入院率を追跡調査したところ、非和温療法群では68・7%の人が再入院あるいは死亡していましたが、和温療法群ではその半分以下の31・3%に抑えられていました。なんと、再入院や死亡を半数以下にしていたのです。
「和温療法中の深部体温の推移」と「心不全に対する和温療法の予後改善効果」


自宅でできる和温療法で動脈硬化を予防できる
では、重症心不全の患者さんになぜ和温療法が効果があるのか、考えてみましょう。
一つは、血管が広がって血流がよくなることです。
心不全では心臓の働きが悪いので、戻ってくる血液の量が少なければ、出て行く血液の量も減ってしまいます。
しかし血管が広がれば心臓にらくに血液が戻り、らくに出て行きます。それだけ、心臓にかかる負担が減るのです。
もう一つは、血管の内皮機能が改善することです。
和温療法を続けていると、血管内皮細胞から産生される一酸化窒素(NO)が増えることがわかっています。
NOには、血管の収縮・拡張をコントロールしたり、血小板凝集を抑制して動脈硬化を防ぐなど、血管を健康にする働きがあるのです。
和温療法は副作用がほとんどなく、何歳でも受けられる治療です。また、万が一、治療中に不都合が起きても、その場で治療をやめれば大事に至ることはありません。ですから、きわめて安全で効果の高い治療です。
この治療は、基本的には病院で受けていただくものですが、自宅で応用する場合は、41℃のお湯で入浴します。
41℃で10分間温浴すると、内部体温が1・0〜1・2℃上昇します。この体温上昇なら、自律神経(内臓や血管の働きを調整する神経)の交感神経と副交感神経のバランスがよく、心臓に負担がかかりません。
水温が42℃以上になると、内部体温が1・5℃以上上がり、交感神経が優位になって心拍数や血圧が上がり、心臓に負担をかけてしまいます。
この入浴法は、健康な人はもちろん、慢性心不全の予備軍である高血圧や糖尿病、脂質異常症がある人や、軽い心臓病、慢性疲労症候群のような患者さんにも大変よいと思います。
しかし、重い心臓病の患者さんは、危険ですので絶対に行わないでください。病院での和温療法をご検討ください。
自宅で行う和温療法のやり方

解説者のプロフィール

村松俊裕
埼玉医科大学国際医療センター心臓内科診療部長。難治性心不全治療センター長、急性心血管センター長を務める。重症の心疾患の治療に取り組み、2009年から和温療法を治療に取り入れる。治療に難渋する患者や、薬物療法で効果が見られない患者に対し、和温療法を行っている。補助療法としての和温療法の可能性を非常に高く評価している。