解説者のプロフィール

吉野敏明(よしの・としあき)
●誠敬会クリニック銀座
東京都中央区銀座6-7-16 岩月ビル地下一階
03-6264-6901
http://www.seikeikai-ginza.tokyo/
誠敬会クリニック銀座院長。
1993年、岡山大学歯学部卒業。歯学博士。日本歯周病学会指導医・専門医。歯周病原細菌検査を用いた歯周治療の、日本における第一人者。日本歯周病学会の「再生治療のガイドライン」策定にも携わる。医科(内科)と歯科が連携し、東洋医学と西洋医学を包括した治療を実践。『健康でいたいなら10秒間口を開けなさい』(PHP新書)など著書多数。テレビでの解説も多い。
目、耳、口、脳をつなぐ神経が圧迫される
頭痛、肩こり、腰痛、生理痛、耳鳴り、めまい、うつ、眼瞼けいれん、味覚障害、高血圧、逆流性食道炎──。こうした症状に悩む患者さんたちに、私は「10秒、口を開けるくせをつけてください」とアドバイスをしています。
一見、脈絡なく感じられるこれらの症状は、実は「食いしばり」が元凶となって起こっているという共通点があります(食いしばりについては後述)。
食いしばりの害をなくすいちばん簡単で効果的で、お金もかからず誰にでもできる方法が、口を開けることなのです。
耳の前辺りに指先を当てて、奥歯をぐっと嚙みしめてみてください。筋肉がぐっと盛り上がるのが感じられるはずです。
ちょうどこの辺りに、脳から直接出てくる脳神経である、内耳神経や三叉神経、顔面神経が通っています。これらは耳や目、口(舌)と脳をつないでいるとても重要な神経です。
無意識に食いしばっていると、筋肉のこり(硬結)や骨の圧迫によって、これらの神経が機能不全を起こし、耳、目、口、脳の不調が起こります。ちょうど正座でひざの裏の神経が圧迫され、足がしびれて動けなくなるようなものです。
また、下あごは、全身のバランサーとしての働きがあります。体が傾いたとき、下あごは上下前後左右にやじろべえのように微細に動いて、傾きの影響を吸収し、姿勢を整えているのです。
ですから、下あごはゆらゆらと自由に動ける必要があります。ところが、食いしばって下あごががっちり固定されてしまっていると、あそび(ゆとり)がなくなり、全身の骨格にゆがみがもろに伝わって、筋肉や関節が障害されてしまうのです。

食いしばることで雪崩的にゆがみが及ぶ
具体的な症状で説明しましょう。食いしばりであごの関節の位置がずれると、平衡感覚をつかさどる三半規管や蝸牛などの内耳組織を強く圧迫し、耳鳴りやめまいを起こします。
また、食いしばることで頸椎の位置がずれ、さらに胸椎・腰椎へと雪崩的にゆがみが及ぶので、腰痛になります。
この腰椎のゆがみが骨盤の仙腸関節に及ぶことで、消化器や生殖器の機能が落ち、便秘や月経困難などを誘発します。骨盤がゆがめば足の長さが変わりますから、ひざ関節にも負担がかかります。
さらに、食いしばると、食物の受け入れ態勢を取ろうと、胃の入り口である噴門が反射的にゆるみます。寝た姿勢で食いしばれば、ゆるんだ噴門からたやすく胃酸が逆流して、逆流性食道炎や酸蝕歯(酸によって歯が溶ける症状)を起こすのです。
このように、食いしばりは全身に影響を与えて、不調を誘発する元凶なのです。
実際、食いしばりによる筋肉の過緊張をほぐしたら、その場ですぐ、高かった血圧が20~30mmHg下がったり、耳鳴りの音が小さくなったり、ひざが痛くて歩けなかった人がすたすた歩けるようになったといった例は、私たちのクリニックでは日常茶飯事です。
顎関節症、頭痛、肩こり、頸椎症、腰痛、ひざ痛、四十肩、手のしびれ、耳鳴り、難聴、めまい、うつ、パーキンソン病、不眠症、いびき、睡眠時無呼吸症候群、逆流性食道炎、過敏性腸症候群、摂食障害、月経困難症、眼瞼けいれん、顔面神経マヒ、三叉神経痛、知覚過敏、味覚障害、歯の異常磨耗、歯根骨折など
強く嚙みしめていなくても「食いしばり」
「私は食いしばっていないから大丈夫」。そう他人事のように考えられているかもしれません。
しかし、残念ながら、私の臨床実感では、日本の現代人の90%以上が、上唇と下唇を閉じたとき、上下の歯がどこかで当たっている「食いしばり」を起こしています。
たとえ強く嚙みしめていなくても、歯と歯が少しでも当たっていれば、食いしばりなのです。唇が接していても、上下の歯の間には2〜3mmのすき間があるのが、正常な状態です。
これほど食いしばりが多くなった原因は、現代のストレス社会と生活環境が大きく影響しているのでしょう。
「歯を食いしばって耐える」という表現があるように、強いストレスや苦痛があるとき、私たちは無意識に歯を食いしばります。食いしばると、鎮痛作用を持つ「βエンドルフィン」という脳内麻薬が分泌され、苦痛が軽減されるからです。
強いストレスに常にさらされている人は、手っ取り早く脳内麻薬を分泌しようと、意識しないうちに食いしばるのが癖になってしまうのです。
また、パソコンやスマートフォンなどの普及も、食いしばりに拍車をかけています。
ためしに、スマートフォンを手に持ち、画面を見ながら口を開けてみてください。首が前に倒れて頭が落ちた姿勢で口を開けるのは、とてもやりにくいはずです。その状態だと、上下の歯がついていませんか?
また、パソコンはさらに悪影響です。頭を前に突き出して画面を見ながら、手のひらを下にして机の上に手を置くような姿勢を取ると、肩が前に巻き込まれてネコ背になりやすく、食いしばりを誘発します。
開口ストレッチのやり方
そこで私が患者さんたちに勧めているのが、「開口ストレッチ」です。
巻き込んだ肩を広げてから、10秒くらい、ゆっくり、ぽかんと口を開けてみてください。
口を開けながら、食いしばることはできません。そして、ときどき口を開けることを意識することで、上下の歯と歯が接さないように、意識できるようになるのです。
開口ストレッチを1日1回以上続けていると、食いしばりが起こりにくい頸椎やあごの位置になります。肩こりや頭痛にも効果がありますし、ストレートネックの治療にもなりますから、ぜひお勧めします。
顎関節症でも、口を開けるとカクカクと音がするだけなら、特に気にする必要はありませんが、痛みが出る人は、無理をせず、痛まない範囲で、ゆっくりと、力を入れずに口を開けてください。続けるうちに、しだいに滑らかに口が開くようになっていきます。

❶できるだけわきを締め、腕を胴体に沿わせながら、手のひらを外側に向ける。

❷頭をそらせてあごを上げ、首の前面を伸ばした姿勢を10秒キープする。

❸姿勢を戻してゆっくり口を開け、10秒キープする。
《ポイント》
※①②の姿勢のときに、腕が胴体から離れてしまうと効果が出ないので注意する。
※口を開けるときには力を抜き、無理に大きく開けようとしないこと。
※1日1回以上、何度行ってもかまわない。パソコン作業の後などには意識して行うとよい。