「自分はどう死にたいか」を考えると「今後どう生きるべきか」が自ずと見えてくる

「自分はどう死にたいか」を考えると「今後どう生きるべきか」が自ずと見えてくる

「今をどう生きるべきか」それは、私がいちばん大切にしているテーマです。1996年4月に、私は「自分の死を考える集い」を発足させました。「死を考える」とありますが、集いの目的は、「生き方」を考えることです。【解説】中村仁一(社会福祉法人老人ホーム「同和園」附属診療所所長)


還暦を境に賞味期限が切れる

「今をどう生きるべきか」
 それは、私がいちばん大切にしているテーマです。

 1996年4月に、私は「自分の死を考える集い」を発足させました。「死を考える」とありますが、集いの目的は、「生き方」を考えることです。17年目を迎えた現在も、この趣旨はまったくブレていません。
「生き方」を考えるには、「死」の助けがいります。「死」を視野に入れないと、「今をどう生きるか」の答えは出てきません。

 だから、「自分の死を考える集い」のキャッチフレーズは、「今を輝いて生きるために死を視野に」です。
 では、「死」を視野に入れて考えてみたとき、私たちは今をどう生きるべきなのでしょうか。
 まず提言したいのは、ある程度の年齢に達したら、老いを認めて生きるということです。

 人生を「往き」と「還り」に分けて考えてみましょう。折り返し点は、繁殖を終えたときです。
 サケは、産卵を終えると息絶えます。一年草は、花を咲かせて種ができると枯れます。これは自然界の”掟“です。繁殖を終えると、生きものとしての賞味期限は切れるのです。
 人間の場合、遅くとも還暦(60歳)あたりと考えるのが妥当です。上図のように、「往き」は右肩上がりでも、「還り」は右肩下がりになるのが自然の流れです。折り返し点を過ぎたら、気持ちが若くても体はついていきません。それなのに、無理に気持ちに体を合わせようとするのは、不自然極まりないことです。

 今の世の中、「健やかに老いなければいけない」という„健康圧力"がまん延しています。そのせいで、なんとかして老いに逆らおうと、皆、必死です。
 しかし、年を取れば、体の不具合とうまく折り合いをつけながら生きるのが、人間の本来あるべき姿ではないでしょうか。それこそ、後継者に示すべき年寄りの知恵というものです。
 折り返し点を過ぎたら老いを認め、体に気持ちを合わせて、右肩下がりの生き方に変えていく。それが、自然に即した、本人にとってもらくな生き方だと、私は思います。

老いと死に対して医療は無力

 老いを認めて生きると、医療とのかかわり方も変わってきます。現在の日本人は、すぐに「老い」を「病」にすり替えようとします。なぜなら、「老い」は一方通行で、その先に待ち構えているのは「死」という絶望です。それに対して、「病」には回復の可能性があるからです。

 そして、「病」なら「医者が治してくれる」「薬が治してくれる」と、医療に過度な期待を抱き、「救急車!」「すぐに病院へ!」と大騒ぎします。これはいかがなものでしょうか。
 そもそも病気を治す力の中心は、本人の「自然治癒力」です。医者は単なるお助けマン、薬はお助け物質、医療機器はお助けマシーンでしかありません。例えば、呼吸ができなくなれば、人工呼吸器でとりあえず呼吸を維持することはできます。
 しかし、再び自力で呼吸ができるようになるかどうかは、本人の「自然治癒力」にかかっています。機器はその間、助けてくれているだけ。決して、自力で呼吸ができるように働きかけているわけではないのです。

「自然治癒力」は、年とともに衰えます。だから、年を取れば具合の悪いところがあるのは当たり前なのです。
 医療は、「老い」と「死」に対しては無力です。若返らせたり、「死」を止めることは絶対にできません。苦痛の緩和や症状の軽減に医療を利用するのは構いませんが、10の痛みを0にしようと願うのは高望みです。病気の原因が老化である以上、病院へ行けば治してもらえると考えるのは、幻想なのです。

 また、過度な医療行為は死を悲惨なものに変えてしまいます。この点からも、医療に頼り過ぎるのは考えものだと思います。
 救急車も同様です。救急車に乗るのは、「徹底的な延命を望みます」という無言の意思表示です。
「死」を視野に入れ、今をどう生きるべきかを考えた上で、自分の生き方に照らし合わせて、どの程度医療を利用するのか、よく考えてみてください。

 もちろん、街中で意識不明になったら救急車に乗せられ、治療の限りを尽くされて死ぬということもあり得るでしょう。
「死」は、そのときの「縁」と「巡り合わせ」で決まるので、それはそれでしかたのないことです。
 大切なのは、「実際にどう死ぬか」ではなく、「どう死にたいかを考え、今をどう生きるか」ということです。

がんも老化現象悪あがきしても無駄

 医療とのかかわり方では、むやみやたらと検査を受けることも疑問です。
 前述したように、年を取って具合が悪くなるのは、ほとんど老化現象と考えていいと思います。検査をして何かわかったところで、好転させる手立てはあるのでしょうか。そこを確認した上で、受けるべきかどうかを考えましょう。

「自然治癒力」が落ちていて、あまりよくなることが期待できないのであれば、わざわざストレスの多い検査を受ける必要はないと、私は考えています。
 がんも、れっきとした老化です。私たちの体の中では、毎日5000個の細胞ががん化していて、健康なときは白血球やマクロファージ(貪食細胞)、リンパ球などの免疫細胞が、それを退治してくれています。この免疫細胞も、年とともに衰えます。

 ですから、年寄りにがんが増えるのは当然のこと。繁殖を終えた年寄りのがんは、「もう役目は済んだから、還ってきてもいいよ」という、あの世からのお迎えの使者ともいえます。
 それなら、これも老化とあきらめて、わざわざがん検診などしなくてもよいのではないでしょうか。世の中には「知らぬが仏」ということもあるのです。

 確かに、がん検診は早過ぎる死を回避するには役立つ場合もあります。しかし、折り返し点を過ぎた人間のがんがあの世からのお迎えの使者であるならば、もはや早過ぎる死とはいえないでしょう。
 医療に依存せず、老いに寄り添い、病に連れ添って、死にあらがわない――こうして自然に「老いる姿」「死にゆく姿」を家族に見せ、後続者に伝えることは、繁殖を終えた人間に与えられた最後の役割です。
 後に残された者たちは、その姿を見て、「老いるとはどういうことか」「死ぬとはどういうことか」を学ぶのです。
 現在は、病院でチューブにつながれて死んでいく姿しか見たことのない人がほとんどです。医者ですら、「自然死」を見たことがありません。

 ぜひ、「次世代の先兵になる」という強い信念と覚悟を持って、最後の役割を全うしようではありませんか。
「老い」に寄り添い、「死」にあらがわない生き方を見せるには、「それまでを悔いのないように生きる」ということが必要になります。いつまでも悪あがきするのは、あまり感心しません。

一年の計は棺桶にあり!

 ですから、「還り」の人生では自分の生き方を点検し、よくないところがあれば修正するなどして、自分自身が満足できる生き方を心掛けることが大切です。

 それには、まず自分の過去を振り返ってみることです。転機になった出来事を拾い上げ、それらを中心に、今までの人生を紡いでみるのです。
 すると、「自分が今、大切にしなければならないことは何か」「今後どう生きるべきか」が、おのずと見えてきます。
 その中には、やり残していること、死ぬ前にぜひやっておかなくてはいけないことも挙がってくるでしょう。

 よく、ホスピスに入所してから職員の手を借りて、気になっていた誰それと仲直りができたとか、不自由な体をおして郷里の墓参りを実現した、という話を耳にします。
そんなことは、体の自由がきく間に自分で片付けておくべきことです。

 また、介護や延命治療、葬儀、墓などの希望や、遺言、家族へのメッセージなども残しておかなくてはなりません。その希望を通してもらうために、家族や周囲とよく話し合っておく必要もあるでしょう。
 そうして一つ一つやるべきことを実践し、人生の節目節目で、「今やるべきことはちゃんとできているか」「この生き方でよいのか」を点検します。
 よくないところがあれば、そのつど軌道修正すればよいのです。

 私は古希(70歳)の記念に、組み立て式の段ボール製の棺桶を入手して以来、毎年、大晦日と元旦には棺桶に入ることにしています。一年を振り返ると、反省点が必ず出てきます。すると、「今年はこれをやろう」「こうやって生きよう」という目標が見えてくるのです。「一年の計は棺桶にあり」というわけです。
「死を視野に」といっても、ただ漠然と頭の中で思っているだけではあまり役に立ちません。よりリアルに「死」を意識するには、私のように棺桶に入るなど、具体的な行動を取ると、より明確になります。

 満足できる生き方ができているかを考え、点検・修正する作業は、死ぬその日が来るまでくり返します。
 そうすると、最期に目をつぶる瞬間、「いろいろあったけど、そう悪い人生ではなかった」と思え、親しい周囲に対して感謝することができ、後悔することが少なくて済むはずです。
 要するに、満足して死ぬためには、それまで悔いのない生き方をするしかないと、私は思います。

大晦日と元旦に棺桶に入ってリアルに死を意識する中村先生

これらの記事は、マキノ出版が発行する『壮快』『安心』『ゆほびか』および関連書籍・ムックをもとに掲載しています。記事内の年月日および年齢は、原則として掲載当時のものです。

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この健康情報のエディター

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