解説者のプロフィール

大櫛陽一
1971年、大阪大学大学院工学研究科修了。1988年より東海大学医学部教授。2006年、日本総合検診医学会シンポジウムで、全国約70万人の健診結果から、日本初の男女別・年齢別基準範囲を発表。2012年東海大学を定年退職し、現在は名誉教授。主な著書に『間違っていた糖尿病治療―科学的根拠に基づく糖尿病の根本的治療』(医学芸術社)、『100歳まで長生きできるコレステロール革命』(永岡書店)などがある。
20mmHg以上下げると死亡率は10倍!
日本では、降圧剤を処方されている高齢者が非常に多く、70歳以上の人の服用率は、実に45%にも達しています。たいていは、健康診断などで血圧の目標値を超えていることが発覚し、心臓や血管の病気予防のために降圧剤が処方されている、というケースです。
こうした現状には、疑問を抱かずにはいられません。なぜなら、降圧剤の医薬品添付文書には「高齢者に慎重投与」という注意書きがあります。これは、よほどの理由がない限り処方してはいけない、という意味です。にもかかわらず、多少血圧が高くても無症状の人に、副作用が出る可能性のある降圧剤を投与するのは、いかがなものでしょうか。
高齢者の血圧が、加齢とともに上がっていくのは、生理的に必然性があるからです。私たちの体は、心臓より上に位置する脳に、重力に逆らって血液を送り届ける必要があります。そして、年齢とともに血管の柔軟性が失われてくるため、徐々に血圧が高くなるのです。したがって、加齢により血圧が上がるのは自然現象であり、むしろ元気な証拠といえます。
そうした元気な人の血圧を、薬で無理やり引き下げたら、どうなるでしょう。血流の勢いが緩くなるので、脳の血管が詰まりやすくなり、脳梗塞を起こすリスクが高まります。
無作為化対照試験も脳梗塞の危険性について示した
脳梗塞の危険性については、最近行われた無作為化対照比較試験(JATOS)でも示されています。
この研究は、65〜85歳の、最大血圧が160㎜Hgを超える4418人に降圧剤を投与し、140㎜Hg未満まで大幅に下げる群(A群2212人)と、140〜159㎜Hgまで多少下げる群(B群2206人)に無作為に分け、二年間の経緯を追跡したものです。
その結果、脳梗塞の発症数は、A群が36人、B群が30人、脳梗塞による死亡数は、A群が2人、B群が0人。総死亡数は、A群が33人、B群が24人でした(総死亡数とは、すべての原因による死亡者数のこと)。
つまり、降圧剤で大幅に血圧を下げたA群のほうが、脳梗塞の発症例が多く、脳梗塞による死亡者も出ています。総死亡者数でも、A群のほうが一・四倍も多くなっています。
こうしたデータがあるにもかかわらず、降圧剤が必要とされる血圧の値は、どんどん引き下げられてきました。
顕著なのが、高齢者の最大血圧です。1987年には、厚生省(現・厚生労働省)が、「180㎜Hg以上」としていましたが、2004年に
は、日本高血圧学会が「140㎜Hg以上」へと大幅に下げました。
では実際、最大血圧が180㎜Hg以上の人が、140㎜Hgまで下げるという目標で治療したら、どうなったでしょう。私の最近の研究では、治療した人は、治療しなかった人に比べ、死亡率が平均で5倍、20㎜Hg以上下がると10倍になっていることが判明したのです。

降圧剤にはさまざまな副作用がある
元気な高齢者が、薬で大幅に血圧を下げると、脳梗塞の危険性が高まり死亡率も上がるのですから、むやみに降圧剤を飲むことは、健康維持の観点から問題があるといわざるをえません。しかも、降圧剤にはさまざまな副作用があります。
血流が悪くなって血栓(血の塊)ができやすくなり、脳梗塞の引き金となることは、先ほども述べました。また、頭がふらついて、階段などでの転倒事故に結びつくケースも少なくありません。
さらに、入浴中や飲酒時にも注意が必要です。おふろに入ったり、お酒を飲んだりすると、末梢血管が拡張しますが、降圧剤を服用していると、両方の影響で血圧が下がりすぎてしまうからです。一時的に脳に血流がいかなくなって失神し、転倒したり水死したりする事故も起こっています。
こうしたリスクを考えれば、できるだけ薬に頼らず、生活習慣を変えて血圧を下げていくことが、まず第一です。食生活の改善や、運動、規則正しい生活を心がけるなど、自分に合った方法を見つけましょう。
スローランニングで 私も血圧が正常化
私自身、職場の検診で、最大血圧が156㎜Hg、最小血圧が106㎜Hgという数値が出たことがありました。それを機にスポーツを始め、昼食前1時間のウォーキングや、45分間のスローランニングなど汗をかく運動で、現在の血圧は最大が130㎜Hg、最小が85㎜Hg前後で落ち着いています。
寒い冬は末梢血管が収縮しやすく、血圧が跳ね上がりやすい季節です。最後に、冬場の日常生活上の注意点をご紹介しましょう。
運動をする際は、体がかたくなっているので、準備体操を必ずしてください。屋外で運動をするときは、冷たい空気にふれると血管が収縮するので、なるべくたくさん着込んで出かけ、体が温まってきてから薄着になり、運動が終わったらしっかり汗をふくことが肝心です。
入浴のときは、熱い湯ぶねに入ると血管が急に拡張し、失神するおそれもあるので、ぬるめのお湯にゆっくりとつかるようにしてください。
飲酒は、一時的に血管が広がりますが、大量に飲むと血管のたんぱく質を硬くして、血管を収縮させます。その結果、血液が流れにくくなって血圧が上昇してしまいます。お酒の量は、一日一合くらいを目安にするといいでしょう。