解説者のプロフィール
一席の落語を心から楽しんでもらえた
私は、「笑いヨガ」と出会ってから、もう6年がたちます。
きっかけは、毎年参加していた「日本笑い学会」の研究発表会でした。その中で、「日本笑いヨガ協会」の代表である高田佳子さんの講演があり、初めて笑いヨガの存在を知ったのです。
医師として、私が「笑い」に注目するようになったのは16年ほど前からです。そもそも学生のころの私は、落語研究会に所属していたほどの落語好きでした。それが高じて、自ら高座に立ったこともあります。
しかし、精神科の医師として働き続けるうちに、自然と、落語と距離を置くようになりました。深刻な問題を抱えている患者さんや、その家族と接していく中で、「笑い=不謹慎」という思いが強くなったのです。
そんなある日、心に問題を抱えている患者さんの家族会がありました。その際、私が落語を演じられることを知っているかたから、一席お願いされたのです。
頼まれるままに演じてみると、皆さんの反応は、意外なものでした。ほとんどの人が笑顔になって、心から楽しんでもらえたのです。また、「明日からがんばれそうな気がします」という、前向きな感想もいただきました。
それまで、私の中で、笑いと医療は対極の位置にありましたが、これをきっかけに、「笑いも捨てたものではない」と考えを改めるようになったのです。
心の中だけではなく声に出して発散するのが大切
さて、偶然にも、その家族会に看護師のかたが同席していました。そのかたから、「笑いと健康」というテーマの講演と、落語を演じてほしいと依頼されたのです。こうして、現在も続けている、笑いと健康の話と、落語がセットになった講演会を定期的に開くようになりました。
ときには、職場の雰囲気をよくするための、メンタルヘルスの一環として、企業に招かれることもあります。相手のほとんどは、中高年の男性です。いつものように落語を演じるのですが、なかなか笑顔を見せてくれません。心の中ではおもしろいと感じても、他人に感情を動かされたくないという防衛本能から、笑うという動作を押さえつけてしまうのです。
数々の研究によって、笑いには優れた健康効果があることが判明しています。しかし、心の中で笑うだけでは、せっかくの効果が得られません。やはり、声に出して発散するのが大切です。
そこで試しに取り入れたのが、笑いヨガでした。これは、ユーモアや冗談とは関係なく、笑いを運動として再現できる優れた体操です。また、年齢や性別に関係なく、だれでも簡単に笑うことができます。
すると予想どおり、たくさんの人から大好評でした。その後、私の講演会の最後には、笑いヨガをするのが慣例になりました。今では、私の落語よりも人気があります(笑)。
患者さんの便秘薬の使用回数がへった!
2012年、病院の看護師から、看護研究のテーマに何かいいものがないかと聞かれました。そこで勧めたのが、笑いヨガです。
これが思いのほか好評で、今では、ほぼ毎日、笑いヨガを行うようになりました。昼食後、スタッフと入院患者さん約20名で、15分ほど行っています。
病院の入院患者さんの状態は、認知症の高齢者を中心に、うつ症状などの問題を抱えるかたなど、実にさまざまです。しかし、笑いヨガは、症状や年齢も関係なく、だれでも実践できます。
特に、認知症のかたには、効果的でしょう。なぜなら、笑いヨガで大切なのは、とにかく笑うこと。話の内容も、ネタも関係ありません。集中力も不要で、自分だけが話がわからない、という孤独感もないのです。
実際、認知症の患者さんの生活に、いい影響が現れています。認知症になると、日中に動かないせいで、夜間に「せん妄」と呼ばれる意識障害に陥り、急に叫ぶなどの問題行動を起こす場合があります。しかし、笑いヨガを取り入れてから、日中の行動が活発になり、そうした行動がへったのです。
また、病院全体として、患者さんに便秘薬を使う回数もへりました。これは、笑うことで自律神経(無意識に内臓や血管などを調整する神経)のバランスが整い、排便が促されたと考えられます。また、笑うという動作が横隔膜を上下させ、腸に刺激を与えたのでしょう。
笑いヨガは、うつ症状の改善にも効果が期待できます。近年、うつ症状に効果が高いとして、リズム運動が注目を集めています。笑いヨガも、一定のリズムで横隔膜を動かすので、同様の効果が期待できるでしょう。
これからの未来、高齢化社会がますます深刻です。人と人とのつながりは薄れ、孤独な高齢者がふえ続けていくことでしょう。
そんな社会問題の救世主となりえるのが、笑いヨガなのかもしれません。

枝廣篤昌
1962年生まれ。愛媛大学医学部医学科卒業後、精神科医師として、愛媛大学医学部附属病院、新居浜精神衛生研究所附属財団新居浜病院などを経て、現職に至る。大学時代には落語研究会に所属し、現在も精神保健福祉の啓蒙の一環として「チョーサ寄席」を毎年開催。「笑い」を生かした地域づくりを実践。また、「日本笑い学会」四国支部の代表であり、笑いの普及活動に努めている。