解説者のプロフィール
おなかを診て治療する―Aさんの例
私は、長年、おなかを診て、うつやアルツハイマー、不眠など、さまざまな病気の治療をしてきました。「おなかでうつを治す?」と不思議に思う人がいるかもしれませんので、まずは、そうした患者さんの例をご紹介しましょう。
Aさん(70歳・女性)は、停年退職を機に、住み慣れた土地を離れて生まれ故郷に帰ってきました。しかし、一人暮らしで、周囲に知り合いもなく、Aさんはどんどん引きこもっていったそうです。悲観的なことばかり考えるようになり、生きる気力を失いかけていたとき、妹さんに連れられ、私のところを受診しました。
Aさんは若いころから、ひどい便秘でした。放置すれば1週間も排便がなく、3〜4日に1度、下剤に頼る生活を続けてきたそうです。
おなかをさわると、へその左側に緊張があり、痛みを訴えました。そこで、私は漢方薬で便秘を治しながら、おなかの症状を取っていきました。
Aさんの便秘は5ヵ月ほどでよくなり、それとともに気持ちも変わってきました。近所づきあいができるようになり、物事を前向きにとらえられるようになってきたのです。
腸は木の根にあたる

生きるのに必要な指令は腸が出している!
このように、おなかの調子がよくなると、うつや引きこもりも治ってきます。それだけでなく、多くの病気は、腸を整えることで改善します。私がそれに気づいたのは、趣味の盆栽がきっかけでした。
花や葉が枯れたとき、プロの庭師なら根腐れを疑います。根っこは土から栄養や水を吸収するところ。そこが腐れば、花も葉も枯れてしまいます。
人間も同じで、栄養を吸収する腸は、木でいえば根っこです。その腸が悪くなれば、全身に病気が出てきます。それを治すには、症状の出たところではなく、大本の腸に目を向けることが大事なのです。
うつや引きこもりは、心の病といわれています。その心が宿るのも腸です。それは、生物の進化を見れば明らかです。
人類の祖先をたどると、ヒドラという腔腸動物に行き着きます。これは口と腸と触覚しか持たない生物で、「おなかがすいた」と感じるのも、「栄養を取れ」と命ずるのも腸です。
生きるのに必要な指令は、すべて腸が考えて出しているのです。この機能は、人間にも受け継がれています。脳は、のちに腸から派生したにすぎません。
腸で指令を出しているのは、基底顆粒細胞です。この細胞は、腸の粘膜上に散在し、食物などの外から入ってきた情報を周囲の細胞に伝えます。そして、その情報をもとに、ホルモンを分泌します。
このホルモンは、脳にも重大な影響を及ぼします。アルツハイマーはこのホルモンがうまく機能しなくなった状態、すなわち、腸の基底顆粒細胞の劣化によって起こると、私は考えています。
ぬか床をつけるイメージで腸を整える
脳は頭蓋骨で守られていますが、腸にはそういう骨はありません。代わりに腸を守っているのが、腸内細菌です。
ビフィズス菌や乳酸菌などの有用菌は、腸内で乳酸や酢酸などの有機酸を作り、腸内を酸性にします。そうすることで、病原菌の増殖をおさえたり、有害物質を分解したりしています。
この腸の働きは、ぬか床によく似ています。ぬか床には乳酸菌や酵母菌が繁殖しており、これらの菌が野菜を発酵させて、おいしいぬか漬けを作ります。同じように腸でも、乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌が発酵して腸の環境を整え、体によい作用をもたらします。
しかし、手入れを怠ると、ぬか床にカビが生えるように、腸も腸内細菌のバランスがくずれたり、大事な基底顆粒細胞に異変が生じたりします。
ですから、心の病気を改善するには、ぬか床を上手に漬けるイメージで、腸の状態を整えてやることがいちばんです。そのために、次の3つのことを守ってください。
ぬか床をイメージして腸を活性化

① よくかんで食べる
野菜を適度な大きさに切ってぬか床に漬けると、野菜がよく漬かります。同じように、よくかんで食べ物を細かくすれば、腸で発酵し、吸収されやすくなります。
② 腹8分めにする
ぬか床にたくさん漬けすぎると、うまく漬かりません。おなかも食べすぎると消化不良を起こすので、「もう少し食べたい」というところでストップします。
③ 腸を冷やさない
ぬか床も腸も、冷やすと発酵が進みません。冷たいものを飲食しないだけでなく、体を冷やす食材は避けます。
上に体を冷やす食材、温める食材、どちらでもない食材の主なものを、一覧にしましたので、参考にしてください。もし、冷やす食材を食べる場合は、それを補うために温める食材もいっしょにとるといいでしょう。柿と豚のラードは、特に体を冷やすので要注意です。
体を冷やす食材、温める食材

腸を整えることで、うつ患者の8割が回復し社会復帰!
私は、このように日常生活で腸の状態を整えてもらいながら、漢方薬を処方しています。そうすることで、うつの患者さんなら、8割が社会復帰できるほど回復しています。心の病気だけでなく、アトピー、難治の病気も次々と改善しています。
皆さんも、ぬか床をイメージして、腸から健康になってください。
田中保郎
1967年、長崎大学医学部卒業。東洋医学に基づく「根っこ=腸」を重視した独自の医療理論「考根論」を築く。著者に『よくわかる東洋医学考根論』(山中企画出版部)など。