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排尿のしくみ
中高年になると、男女を問わず、「頻尿」や「尿もれ」に悩む人が増えてきます。
こうした尿トラブルは、命に別状はないものの、生活の質を著しく低下させます。尿もれや頻尿が気になると、外出がおっくうになります。気持ちが晴れず、うつ状態になる人も少なくありません。夜に何度もトイレに行っていると、睡眠不足で疲れも取れにくくなります。
さて、尿トラブルの話を始める前に、排尿のしくみを簡単に説明しましょう。
腎臓で作られた尿は、まず膀胱にためられます。膀胱は最大で500㎖ほど尿をためることができます。250㎖くらいたまると、「もうすぐいっぱい」という信号が、脊髄(脳と体の各部を結ぶ神経組織)から脳へ送られ、尿意を感じます。すると、トイレに着くまでは「まだ出したらダメ」という信号が、脳から膀胱や尿道に送り返されます。
尿道には、尿道括約筋という筋肉があります。尿をためているときは、この筋肉が尿道を締め、尿もれを防いでくれます。
そして、トイレで排尿の準備ができると、「出していいよ」という信号が、脳から膀胱や尿道に送られます。すると、膀胱の筋肉が収縮し、尿道括約筋が緩んで、排尿ができるのです。
女性の尿トラブルの原因は「出産」「肥満」
では、尿トラブルはなぜ起こるのでしょうか。男女でその原因は異なります。
まず女性から見てみましょう。
女性に多い尿もれには、「腹圧性尿失禁」と「過活動膀胱」があります。
腹圧性尿失禁は、おなかに圧力がかかったときに、尿がもれるものです。重い物を持ち上げたり、セキやくしゃみをしたりしたときに起こります。
女性は、出産や肥満、加齢などで、尿道や膀胱、子宮などを支える骨盤底筋群が傷ついたり伸びたりしやすくなります。そのため、骨盤底筋の筋力が低下し、尿道を締める尿道括約筋の働きが弱くなり、ほんの少しおなかに圧がかかっただけでも、尿がもれるようになるのです。
この症状の原因となる病気として多いのが「尿道瘤」です。これは、骨盤底筋群が緩み、尿道が膣の中に落ちるものです。
もう一つの過活動膀胱は、膀胱が過敏になり、膀胱が過剰に収縮してしまうため、頻尿(夜間頻尿)や尿もれを起こすものです。急に強い尿意に襲われ(尿意切迫感)、トイレまで我慢できず、もらしてしまうこと(切迫性尿失禁)があります。
過活動膀胱は、膀胱そのものに病変はなく、周りの刺激が膀胱にかかって起こるもので、三つのケースがあります。
一つは、膀胱の周りの筋肉(骨盤底筋群)が緩んで、膀胱が下に落ちること。これを「膀胱瘤」といいます。膀胱が下がると周囲にマイナス電気がたまり、膀胱が収縮します。それによって急激に尿意を感じるのです。
二つめは、脳卒中や脊柱管狭窄症(足腰に痛みやしびれを引き起こす病気)などで脊髄が損傷し、脊髄にマイナス電気がたまるものです。このマイナス電気が膀胱に移動すると、強い尿意切迫感を起こします。
三つめは、加齢などによって、脳からの「排尿を我慢する信号」がうまく送れなくなることです。そのため、水が流れる音を聴いたり、手が水にぬれたりしただけでも急な尿意を催し、我慢できなくなります。
このように、女性の頻尿や尿もれにはいくつか原因がありますが、その背景に骨盤底筋群の衰えが深く関与しています。
女性に多い尿トラブル①【腹圧性尿失禁】

骨盤底筋群の筋力の低下や、尿道を締める尿道括約筋の働きが弱くなり、重い物を持つ、セキをするなど、おなかへ圧が少しかかっただけでも尿がもれるようになる。
女性に多い尿トラブル②【過活動膀胱】
膀胱が過敏になり、過剰に収縮してしまい、頻尿や尿もれを起こす。急に強い尿意に襲われる。主な原因は3つ。

❶骨盤底筋群の緩みで膀胱が下がり、マイナス電気がたまる。

❷脊柱管狭窄症などで脊髄にたまったマイナス電気が膀胱に移動。

❸加齢などにより、排尿を我慢する脳からの信号をうまく送れなくなる。
男性の尿トラブルの原因は「前立腺肥大症」
一方、男性の尿トラブルの原因として、圧倒的に多いのが前立腺肥大症です。
前立腺は、通常はクルミほどの大きさで、中に尿道が通っています。精液の成分の一部となる前立腺液を作ることと、尿道の収縮を調節し排尿をコントロールする働きがあります。前立腺は加齢とともに大きくなり、50代で約3割、70代で約8割の人に肥大が見られます。
この前立腺の内部がふくらむと、中の尿道が圧迫されます。そのため、「尿が出にくい」「尿に勢いがない」「排尿に時間がかかる」「出し切った感じがしない」「残尿感がある」などの症状が出てきます。
尿が出切らず、膀胱にたまってその量が増えると、絶えず尿がもれる「溢流性尿失禁」を起こします。症状は前立腺が大きくなるほど重くなり、重度になると尿が出なくなる「尿閉」を起こします。
なぜ前立腺が大きくなるのか、原因は解明されていません。しかし、男性ホルモン(テストステロン)が減少すると、前立腺が肥大しやすくなるといわれています。
男性に多い尿トラブル【前立腺肥大症】

前立腺は加齢とともに肥大。前立腺の内部がふくらむと、中の尿道が圧迫される。そのため、「尿が出にくい」「尿に勢いがない」「出し切った感じがしない」などの症状が出てくる。
女性の頻尿・尿もれの治療、手術
さてこうした女性の頻尿、尿もれに、まず試してほしいのが「骨盤底筋体操」です。どんな尿トラブルでも、軽いうちなら骨盤底筋体操が功を奏します(やり方は125㌻参照)。
骨盤底筋体操は、肛門を締めて骨盤底筋を鍛える体操です。骨盤底筋が鍛えられれば、尿道や膀胱が落ちにくくなり、尿道括約筋の機能も改善します。
また、膀胱にたまった電気が中和され、過活動膀胱の症状が緩和されます。
体操の次に選択するのが、薬物治療です。しかし、腹圧性尿失禁に効く薬はほとんどありません。したがって、ひどくなった女性にはテープやメッシュシートで尿道を支える手術を行います。しかし、化膿するなどのトラブルがあり、欧米では禁止されているところもあります。ほかの選択肢も考えるべきです。
最近は、それにかわる女性のための手術法として「インティマレーザー」というレーザー治療が注目されています。この手術では、膣内や尿道にレーザーを照射し、細胞組織を活性化させ、再生した筋肉が尿道を支えるようにするもの。メスを使わず、傷も残らないので、患者さんの負担も少ないといえます。
過活動膀胱は、薬物治療が中心です。よく使われる抗コリン剤は、たまったマイナス電気を取り除いて、膀胱の収縮を抑える薬です。また、膀胱の容量を増やす薬もあります。
男性の頻尿・尿もれの治療、手術
一方、前立腺肥大症の治療は、この10年でだいぶ変わりました。今までは、薬で尿道を広げたり、前立腺を小さくしたりする治療を行い、大きくなったら、手術で切除していました。
しかし今は、まず血流をよくして、前立腺のむくみを取ります。漢方薬(八味地黄丸や牛車腎気丸)の服用や有酸素運動、体を温めるセルフケアなどが有効です。
前立腺が大きくなったら、以前のようにメスを使った手術ではなく、組織を傷つけないレーザー手術を行います。
頻尿も尿もれも、初期のうちなら体操などのセルフケアで改善します。まずは、専門医を受診し、適切な指示を受けることです。治療と体操やセルフケアを併用すれば、さらに治療効果は上がります。
奥井識仁
1965年、愛知県生まれ。東京大学大学院修了後、ハーバード大学ブリカム&ウイメンズ病院にて手術を学ぶ。2009年、よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニックを開院。骨盤臓器脱が専門で、年間約300件の日帰り手術を行う。著作、論文多数