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前立腺のむくみを取るには血流をよくすること
男性の尿トラブルは、主に前立腺の異常によって起こります。
40〜50代では、細菌感染や血行不良で前立腺が炎症を起こしてむくむ「前立腺炎」が多く、60代以降になると前立腺が大きくなる「前立腺肥大症」が圧倒的に多くなります。
前立腺が肥大している人のなかで、排尿に支障があって治療を必要とするのは、全体の4分の1程度です。
しかし前立腺が大きくなって尿道が圧迫されれば、当然排尿障害が起こってきます。前立腺肥大症は大きく3期に分かれ、前立腺が大きくなるにつれて、症状も進行していきます。
1期は、前立腺がそんなに大きくなっていない段階です。尿道への圧迫もあまり強くありません。症状としては、「頻尿」があり、就寝後もトイレに起きる「夜間頻尿」も始まります。急に尿意を催す「尿意切迫感」、排尿時間が長くなる「排尿遅延」なども起こります。
2期になると、前立腺の肥大は中程度に進み、尿道への圧迫が強くなります。排尿後もスッキリしない「残尿感」や、一時的に尿が出なくなる「急性尿閉」「血尿」「排尿痛」などの症状が出てきます。
3期になると、前立腺の肥大が大きくなり、尿道がかなり圧迫されます。膀胱にたまった尿がもれる「溢流性尿失禁」や、尿が出なくなる「尿閉」、尿が腎臓へ逆流する「水腎症」などを起こすこともあります。
また、前立腺肥大症が過活動膀胱(膀胱が過剰に収縮し急に強い尿意が起こる症状)と合併すると、頻尿や尿もれの症状がより強くなります。
男性の尿トラブルの最大の原因である前立腺肥大症は、前立腺がむくんでいるだけですから、そのむくみを取れば、尿トラブルを抑えたり、症状を緩和できたりします。
では、むくみを取るにはどうしたらいいのでしょうか。それにはまず、血流をよくすることです。
むくんで大きくなった前立腺には、活性酸素が多く、一酸化窒素(NO)が減っています。NOは血管の内皮細胞から分泌される善玉物質で、血管を拡張したり、血液をサラサラにしたりして血流を促進する働きがあります。そのNOが減るせいで、血流が悪くなり、前立腺がむくみやすくなるのです。
このむくみを取る薬が、ED治療薬のシアリスから生まれた「ザルティア」です。ED治療薬を服用するとNOが増え、血流がよくなってテストステロン(男性ホルモン)が増加します。ザルティアは、ED治療薬の半量を改良して作った、初期の前立腺肥大症に処方する薬なのです。
このことからわかるのは、血流をよくしてテストステロンが増えれば、前立腺のむくみが取れる可能性があることです。
薬を増やさずに済み 前立腺ガンの転移も抑制
前立腺の血流をよくするために、私が患者さんに勧めているのが、次の三つです。
❶湯たんぽで骨盤を温める
骨盤が冷えると、下半身の血流が悪くなり、前立腺がむくみやすくなります。そこで、湯たんぽで骨盤周辺を温めます。
起床時と就寝前、布団の中で30分間、湯たんぽを恥骨からへその下辺りに当てます。こうして骨盤を温めると下半身の血流がよくなり、昼間や夜間の頻尿が抑えられます。
最近は、電子レンジで温めるだけで使える物も市販されています。おなかにのせるには、そうした便利で軽い湯たんぽを使うのもいいでしょう。
❷スロースクワット
下半身の筋肉を使った、有酸素運動です。ゆっくりしゃがみ、ゆっくり立ち上がることによって、筋肉が太くなり、下半身の血流がよくなります。
❸1日8000歩の速歩き
1日8000歩の速歩きを、月20〜25日行います。速歩きの速度は、少し息がはずむ程度です。こうした有酸素運動で下半身を鍛えれば、下半身の血流が増加し、前立腺がむくみにくくなります。
私の研究や、ハーバード大学、東京都健康長寿医療センターの研究でも、1日8000歩の速歩きが健康・長寿にいいことがわかっています。
私は尿トラブルのある患者さん全員に万歩計を渡し、歩いた記録をつけてもらっています。その結果、前立腺ガンの患者さんは転移が抑えられ、前立腺肥大症の患者さんは薬を増やさずに済んでいます。
なお、ひざや腰が痛くて歩けない人は、無理をしないでください。年齢に応じた速度や距離でいいと思います。ただし、まだ60代で元気な人は、ぜひ1日8000歩の速歩きを実践してください。
前立腺肥大症の予防・改善にお勧めの3対策
私が提唱した三つの方法は、いずれも血流をよくしてテストステロンを増加させる効果があります。それによって前立腺が小さくなる可能性があり、前立腺肥大症だけでなく、前立腺ガンの予防にも有効です。ぜひ実行してください。
湯たんぽ、スロースクワット、速歩き

奥井識仁
1965年、愛知県生まれ。東京大学大学院修了後、ハーバード大学ブリカム&ウイメンズ病院にて手術を学ぶ。2009年、よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニックを開院。骨盤臓器脱が専門で、年間約300件の日帰り手術を行う。著作、論文多数