前立腺は、男性のみにある生殖器の一つ。
前立腺がんは近年、急増しており、国立がん研究センターの2017年予測数では、部位別に見た男性がん患者数で第3位になっています。
同センターの2015年予測数では1位になったこともあり、今後も増加が予測されています。
一般に、前立腺がんは進行が遅く、適切な治療を受ければ命を落とす確率は低いとされます。
ただし、治療の合併症によって男性機能が失われてしまうなどの問題もあります。
そうした中、新たな選択肢として注目される最先端の治療が「凍結療法」です。
日本初の臨床研究を行った東京慈恵会医科大学附属病院泌尿器科の三木健太先生にお話を伺いました。
解説者のプロフィール
前立腺がんの治療は合併症を伴う可能性がある
──まず前立腺がんの特徴について教えて下さい。
三木:前立腺は精液の一部を作る場所で、膀胱の下部、尿道を囲むように存在する、クルミほどの大きさの臓器です。
この前立腺にできたがんが前立腺がんで、高齢になるほど発症率が高くなります。
これは、発症に男性ホルモンが関与しており、加齢によるホルモンバランスの変化が影響しているものと考えられています。
一般に、前立腺がんは進行が穏やかで、早期発見・治療をすれば、完治を目指せると言われます。
国立がん研究センターの最新データでは、前立腺がんの10年生存率は94・5%(全がんの平均は58・5%)です。
がんが他の臓器へ転移している場合は事情が異なりますが、前立腺だけにとどまっていれば、治療によって治りやすいがんと言えるでしょう。
ただし、前立腺がんの治療には合併症を伴うことが少なくありません。
前立腺は膀胱、直腸、恥骨、尿道括約筋に囲まれており、性機能や排尿にかかわる神経も通っています。
ですから、治療によって、性機能や排尿に障害が起こることが一定の割合であります。
近年、前立腺がんの患者数は増加の一途をたどっています。
高齢化に伴って増えるがんなので、当然のなりゆきとも言えますが、一方で「医療の側が患者数を増やしている」という面もあると私は思っています。
前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA(詳しくは後述)は非常に感度がよく反応が出やすいので、実際には治療の必要がない小さながんまで含めて「前立腺がん患者」に仕立てている可能性があるのです。
私が外来で診ている患者さんでは、年間250人中20~30人くらいは何も治療せずに経過観察しています。
早期の前立腺がんは、治療効果よりもむしろ、尿失禁や男性機能の喪失などの副作用で、日常生活の質が損なわれる害が大きいと言えます。
極力、不要な治療は行わないほうがいい、というのが私の考えです。
そう聞くと心配になる患者さんも当然おられるでしょうが、「積極的監視療法(無治療経過観察)」といい、世界的にも認められている治療の一つです。
しかし残念なことに、がんが発見されしだい、手術を勧めるという医師も少なくありません。
医師と患者でよく相談し、年齢やライフスタイルに応じて、より適切な治療を選択することが大切です。

患者の年齢や持病を考慮して行う確定診断
──前立腺がんの診断は、どのように行われるのですか?
三木:人間ドックや健康診断で血液検査を受け、腫瘍マーカーの値が高く、前立腺がんが疑われるケースが典型的です。
腫瘍マーカーは「PSA」(前立腺特異抗原)といって、前立腺で作られるたんぱく質の一種です。
正常の前立腺でも産生されますが、がん細胞で多く産生されることから、前立腺がんでは血液中の数値が高くなります(50~64歳は3.00ng/㎖以下、65~69歳では3・50ng/㎖以下、70歳以上は4・00ng/㎖以下が正常値)。
PSAはあくまでスクリーニング検査(がんの可能性をチェックする検査)なので、それだけで診断はつきません。
さらに直腸内触診(肛門から指を入れて前立腺に触れることで状態を確認する)やMRI(核磁気共鳴画像法)検査を行い、がんの疑いが強いかどうか確認するのが一般的です。
そして確定診断をするには、針生検を行います。
これは、前立腺内に針を挿入して病変が疑われる組織を採取する検査です。
ただし、この針生検そのものが、高齢のかたや、ほかの病気で薬を飲んでいるなどして合併症の心配があるかたには、負担の大きな検査となります。
ですから、そもそも早急に生検をして確定診断をする必要があるかどうかについても、よく相談する必要があると私は思います。
各治療にメリットとデメリットがある
──いざ治療となったら、どのような治療法があるのですか?
三木:大きく分けて「手術」「放射線療法」「ホルモン療法」の3種類あります。
順にご説明しましょう。
手術は、前立腺と精のうを摘出し、その後、膀胱と尿道をつなぐ前立腺全摘除術を行います。
手術方法には、下腹部を切開して行う「開腹手術」、小さな穴を数箇所開けて、専用のカメラや器具を挿入して行う「腹腔鏡手術」、新たな手法として手術用ロボットを遠隔操作して行う「ロボット手術」があります。
手術のメリットは、摘出した組織を検査することでがんの〝正体〟がわかる点です。
それによって、再発の可能性やその後の治療方針などを検討できます。
また、物理的に前立腺を取ることで尿道が圧迫されなくなり、おしっこが出やすくなります。
なお、術後に尿失禁が起こることもありますが、これは一時的なもので、しばらくすると治ります。
デメリットとしては、男性機能障害があります。
神経を切除せずに済めば勃起能力は残せることもありますが、精液を作る器官がなくなるので射精はできなくなります。
次に、放射線療法です。
大別すると「外照射療法」と「組織内照射療法」があります。
外照射療法とは、体の外側から放射線を照射する方法です。
組織内照射療法とは、放射線を出す物質を小さな粒状の容器に密封して前立腺の中に入れ、内側から放射線を照射する方法です。
放射線療法のメリットは、手術と比べれば体の負担が少ない点です。
男性機能に関していえば、精液の減少や勃起能力の衰えなどは起こりますが、すぐに失うことはありません。
特に、組織内照射療法では、比較的男性機能が維持される傾向があります。
デメリットは、退治できなかったがんがあるかわかりづらいところです。
本当にがんが治ったと言えるかどうかは、時間が経過してみないとわかりません。
最後に、ホルモン療法です。
前立腺がんには、男性ホルモンの刺激で病気が進行する性質があります。
この男性ホルモンの分泌や働きを薬で妨げ、前立腺がんの勢いを抑える治療です。
手術や放射線治療を行うことが難しい場合や、放射線治療の前あるいは後、がんがほかの臓器に転移した場合などに行われます。
ホルモン療法はがんの進展を抑える効果は高いですが、医師としてはできれば避けたい治療です。
まず、効果がいつまでも続くわけではなく、がんの再燃が起こる可能性があります。
そして、のぼせやほてり、発汗など女性の更年期障害と似た症状、筋力の低下、骨粗鬆症、男性機能障害などが起こります。
さらに言えば、「男性らしさ」が失われるわけですから、男性特有の闘争心や意欲もなくなり、患者さんの性格が変わってしまうことさえあるのです。
凍結療法で重要なのは温度の管理
──従来からの治療に加えて、三木先生は「凍結療法」を行っているそうですが、どんな治療ですか?

三木:凍結療法とは、がん細胞を凍らせて死滅させる治療法です。
凍結療法はもともと腎臓がんに対して2000年から実施されており、私もそれにかかわっていました。
腎臓がんに対しては2011年に保険適用となっています。
具体的な治療の方法は、次のようなものです。
特殊な針を会陰部から数本刺して、前立腺の患部付近に凍結用のアルゴンガスを注入します。
針先からキリタンポのような形をした氷の玉ができ、がんを凍結します。
マイナス40℃でがん細胞が破壊されますが、1回の凍結では破壊の程度が弱いので、急速凍結後にヘリウムガスで急速解凍し、再度急速凍結することを計3回くり返します。
手術にかかる時間は3時間程度です。
凍結療法で重要なのは、温度の管理です。
前立腺の近くには直腸と尿道があり、これらを凍らせてしまうと合併症のリスクがあります。
そこで直腸近くに温度センサーの針を刺し、温度が下がりすぎないように監視しながら凍結します。
また、尿道にはカテーテルを挿入し、常に温水を還流させて凍らないように確認しながら治療します。
私たちは2015年秋から凍結療法を臨床研究(院内先進医療)として、5例の患者さんを治療しました。
さらに5例目以降は患者さんの同意のもと、自費(患者さんの負担)での治療を行っています。
これまでに合わせて6例実施してきました。
治療より最長で2年経過していますが、6例中5例でPSAの値が1・00ng/㎖を切り、MRIでもがん再発の所見は認められていません。

体への負担と合併症のリスクが少ない
──凍結療法は今後、どのような展開が期待されるのですか?
三木:現段階で、凍結療法は保険適用外で、受けられるのも「放射線療法後に再発してしまったケース」に限られます。
また、針で行う局所的な治療のため、転移がないことも条件となります。
ですが、凍結療法のメリットは、従来の治療法に比べて体にかかる負担や合併症のリスクが少ないと考えられる点です。
将来は、早期の前立腺がんに対していち早く行う治療の選択肢となることを期待しています。
早期の前立腺がんの患者さんに対して、私たち医師が「経過観察で心配ないです」と言うのは簡単です。
でも、患者さんからすれば、不安な気持ちをぬぐい去ることはできないでしょう。
かといって、今まではその時点で行うのに大袈裟な治療しかありませんでした。
手術やホルモン療法で男性機能が失われるのは、多くの患者さんが避けたいと思うところです。
手術は高齢者にとって体力的な負担も大きくなります。
放射線療法で治ればいいですが、再発したら、再度の放射線療法は行えませんし、手術もあまり効果がなくなってしまいます。
実質、放射線療法後の再発には、ホルモン療法しか選択肢がないのです。
凍結療法には、経過観察と従来の治療との間にあるギャップを埋められる可能性があります。
今後さらに治療例を重ね、安全性や有効性を確認する必要がありますが、患者さんの望む治療の選択肢となればと考えています。
三木健太(東京慈恵会医科大学附属病院 泌尿器科診療副部長)
1992年東京慈恵会医科大学卒業。2003年同大学で国内2番目となる前立腺がんの小線治療を始める。2011年より現職。2015年10月より日本初となる前立腺がん凍結療法の臨床試験を行う。