快の感情を生む特殊な神経が発見された
不安や緊張を感じたとき、親しい人から体をなでられて、気持ちが落ち着いた経験は、誰にでもあるでしょう。また、慣れない場にひとりでいて心細いときに、無意識のうちに腕などをさすっていたこともあるかと思います。
近年の研究により、肌をなでることが、脳や自律神経にどのような効果をもたらすかということが、次第にわかってきました。
皮膚は「第二の脳」ともいわれ、触覚や温度感覚など、さまざまな刺激を感知して脳に伝える、人体最大の感覚器官です。
触覚を感知する神経の末端には、「受容器」という器官がついています。受容器が刺激を受け取り、それを脳に伝えているのです。
ところが最近になって、受容器を持たずに刺激を受け取っている、特殊な神経が発見されました。
それが「C触覚線維」です。
C触覚線維とは?

C触覚線維が受け取った情報は、脳の広い範囲に伝わる
C触覚線維の末端は、毛根にからみつくように伸びていて、肌をなでたときに生じる、毛の振動による刺激を、脳に伝えます。
そのため、C触覚線維は、皮膚の無毛部、つまり、人間でいえば手のひらと足の裏には存在しません。
C触覚線維が受け取った情報は、脳の広い範囲に伝わります。
具体的には、脳の呼吸や血圧など生命活動の根幹を司る「脳幹」、自律神経やホルモンの調節を司る「視床下部」、感情に関わる「扁桃体」、情動に関わる「島皮質」などに、C触覚線維から情報が伝えられます。
これにより、肌に触れられたことに対する、「気持ちいい」「気持ち悪い」という快・不快の感情が生まれます。「触れられているのは自分だ」という自己意識や、触れてきた相手への愛着や信頼感も、同時に形成されます。
C触覚線維をなでると自律神経が整う
C触覚線維には、「ゆっくりと動く刺激にだけ反応する」という特徴があります。
研究によると、秒速3〜10cmの速度で触れたときだけ反応し、それ以下でも、それ以上の速度でも反応しません。
つまり、C触覚線維は、スキンシップのように、肌をゆっくりとなでるような刺激にだけ反応するのです。
C触覚線維が刺激されることで生じる、「心地よい」という快の感情には、自律神経のバランスを整える効果があることがわかっています。
また、C触覚線維への刺激は、ストレス解消にもつながります。
私たちの体は、ストレスを感じると、脳の視床下部から下垂体、副腎皮質の順に反応が起こり、副腎皮質から、ストレスに対抗するためのホルモンが分泌されます。
しかし、ストレスが強すぎて、ホルモンが過剰に分泌されると、脳や内臓に、悪影響をもたらします。
そこで有効なのが、C触覚線維への刺激です。C触覚線維への刺激は脳の視床下部に伝わるため、ストレスが打ち消されて、その後のストレス反応を、弱めてくれる効果があるのです。
前腕にはC触覚線維が集中している
ヒトの場合、C触覚線維は前腕に多く存在しているので、乱れた自律神経を整えたり、ストレスを癒したりするときは、前腕をなでるとよいでしょう。
前腕をなでるコツは、心地よさを感じながらなでることです。
そのためには、手を動かすときに1秒間に5cmくらいのゆっくりした速度でなでること。C触覚線維は、秒速5cm前後の速さで触れたときに、もっとも興奮し、体をリラックスした状態に導く副交感神経を優位にすることがわかっています。
秒速5cmで皮膚をなでると副交感神経が優位に!
また、手のひら全体を使って触れることと、軽くさするのではなく、やや圧をかけて触れることもポイントです。
秒速5cmと聞くと難しく思われるかもしれませんが、私たちがたいせつな人やペットなどに触れるときは、無意識のうちに、こうしたなで方をしています。
相手を思いやり、慈愛の気持ちをもって触れると、人は自然と、このゆっくりした速度で触れるようになるのです。
しかも、これは人間だけに見られる現象ではありません。
C触覚線維は、ほとんどのほ乳類に存在し、親が子の体をなめるときや、仲間同士で毛づくろいをするときも、秒速5㎝前後の速さで行うことがわかっています。
また、スキンシップによって、「オキシトシン」というホルモンが分泌されることもわかっています。
オキシトシンは、別名を「絆ホルモン」とも言い、相手との信頼を強めるほか、ストレスホルモンを減少させる効果や、鎮痛効果、導眠作用があるホルモンです。
現代人の生活環境はストレスが多く、スキンシップも減ってきています。ストレスを感じたときや、たいせつな人を癒してあげたいとき、自分や相手をいたわる気持ちで、ぜひ前腕をなでてみてください。

親ゾウが子ゾウをなでるときのスピードも、秒速5cmといわれる
秒速5cmの速度でなでたときにリラックスすることが判明

大学生が2人組になり、一方が相手の背中を3種類の速度でなでたときの、なでられた人の自律神経の活動を測定した。
その結果、秒速5cmの速度でなでたときに副交感神経が優位になる(リラックスする)ことが判明。秒速20cmの速い速度や、秒速1cmのゆっくりした速度では、反対に交感神経が優位になり、違和感や緊張感を引き起こした
前腕をなでるコツ

C触覚線維の多い、ひじから手首にかけての前腕の外側を、秒速5cm程度のゆっくりした速度で、手のひら全体を使って、やや圧をかけてやさしくなでる。
心をこめて、慈愛の気持ちを持って腕をなでれば、自然とこのスピードになる。素肌を直接なでても、服の上からなでてもOK
解説者のプロフィール
山口創
1967年、静岡県生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専攻は、健康心理学・身体心理学。現在、桜美林大学リベラルアーツ学群教授。臨床発達心理士。『皮膚は「心」を持っていた!』(青春出版社)など、著書多数。