解説者のプロフィール
背すじを伸ばした姿勢はやる気をアップさせる
「悲しいとき、無理にでも笑っていると、楽しい気持ちになってくる」という話を、聞いたことはありませんか。
もし、これがほんとうなら、「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい気持ちになる」ということになります。
実はこれは、「自己知覚理論」といって、心理学の世界では、ひじょうに有力な理論です。
この理論の正しさを示す、おもしろい研究があります。「漫画を読むとき、どんな表情で読むかによって、漫画のおもしろさが変わってくる」という研究です。
やる気についても、同じような研究があります。
縮こまった姿勢を取ったあとよりも、しゃんと背すじを伸ばした姿勢を取ったあとのほうが、やる気が高まり、難しいパズルに取り組む時間が長くなることがわかっています。
また、コロンビア大のデイナ・カーニー助教授が、ハーバード大のエイミー・カディ教授らと行った実験では、力強さを誇示するような姿勢を取ることで、被験者のテストステロン(自信や、他者に対する優位性に関わるホルモン)の値が上がりました。
その一方で、コルチゾール(ストレス反応に関わるホルモン)の値は下がりました。
こうした研究から考えられるのは、表情や姿勢、動作が、私たちの感情ややる気に、大きく影響している可能性があるということです。
ポジティブな姿勢が過去の喜びを呼び起こす可能性
私の専門である、脳科学や神経科学の世界でも、「表情や姿勢が、脳や自律神経に、どのような影響を及ぼすのか」について、研究が進められています。
近年、脳機能の解析技術は目覚ましい進歩を遂げました。表情や姿勢との関係についても、今後より多くのことが、明らかになっていくでしょう。
現時点では、脳のしくみがかなりわかっている「条件づけ」によって、その関係を説明することが可能です。
野球などのスポーツを観戦していて、応援しているチームが得点したり勝利したとき、思わず喜びのガッツポーズが飛び出すことがあります。
喜びの瞬間、脳内では「ドーパミン」という神経伝達物質が放出されます。
そして、放出されたドーパミンによって「応援しているチームが得点してうれしい!」というイベントが、脳の「大脳基底核(線条体)」という部位に、ひとまとめにして記憶されるのです。
「思わず出た歓声」「ガッツポーズの筋肉の動き」など、さまざまな情報が、喜びの感情として大脳基底核に一緒に記憶されて、身体の動きと結びつけられます。これが、条件づけです。
条件づけを利用すれば、喜ばしい出来事や成功体験に関係するポーズを取ることで、ポーズと結びついたさまざまな記憶や感情、行動や身体の動きが、呼び起こされる可能性があります。
ですから、ポジティブな姿勢や表情を意図して作ることで、過去の喜ばしいイベントにまつわる、ポジティブな感情が呼び起こされ、やる気が湧くというのは、じゅうぶん考えられることです。
その一方で、ネガティブな姿勢や表情は、逆の効果を及ぼしうるということも、頭に入れておきましょう。
パワーポーズの効果を確認
コロンビア大のデイナ・カーニー助教授、ハーバード大のエイミー・カディ教授らによる実験で、男女合わせて42名の被験者に「力強いポーズ(ハイパワーポーズ)」と「弱々しいポーズ(ローパワーポーズ)」を15〜20分取ってもらった。ポーズを取る前後に、被験者の唾液を採取し、ホルモンの変化を調べたところ…


写真で円で囲んだ部位が、脳の奥深くにある、大脳基底核の「線条体」だ。集中してやる気を出しているときは、周りと比べて色が変化した。これは血流量が増えて、活性化している証拠だ
自律神経の司令塔はやる気にも関係
ポジティブな姿勢や表情を作ることで、自律神経、特に交感神経が活性化するというのも、考えられる効果のひとつです。
脳の中に「視床下部」という部位があります。視床下部は、自律神経の最高中枢で、自律神経に大きな影響を及ぼしています。
この視床下部に、「視床下部外側野」という部位があります。
視床下部外側野は、これまで、摂食に関係すると考えられてきました。
最近になって、この視床下部外側野が、やる気や覚醒の維持にも、大きく関わっていることがわかり、今、脳科学の世界でも注目されています。
ポジティブな姿勢を取ることで、ポジティブな感情が呼び起こされる可能性があることは、先ほどお伝えした通りです。
こうして湧き上がったポジティブな感情が、視床下部外側野、つまり「やる気に関わる脳の部位」を活性化することは、じゅうぶん考えられます。
その刺激は、おそらく視床下部の他の領域にも伝わるでしょう。その結果、視床下部から自律神経を介して、身体全体にも、いい影響をもたらしうるということです。
具体的には、交感神経を活性化して、身体を「活動モード」に導く効果を期待できるでしょう。
その意味で、ポジティブな姿勢には、脳も体もやる気にする可能性があると言えます。
今後の研究によって、事実は明らかになっていくでしょうが、自律神経を活性化してやる気を出したいとき、ポジティブな姿勢を試す価値は、じゅうぶんあると思います。
姿勢が感情を呼び起こす
ポジティブな姿勢を取ることで、その姿勢にまつわるポジティブな感情が呼び起こされる。これが「条件づけ」という脳のしくみだ

松元健二
1966年、愛知県生まれ。1996年、京都大学大学院理学研究科霊長類学専攻博士後期課程修了。博士(理学)。理化学研究所基礎科学特別研究員等を経て、現在、玉川大学脳科学研究所教授。fMRIを使い、目標指向行動・意思決定・動機づけなど、主に「人の主体性」を支える脳機能を研究している。監訳書に『ビジュアル版 脳と心と身体の図鑑』(柊風舎)がある。