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「能力がない」と誤解されている子
「近見視力」という言葉をご存じでしょうか。近見視力とは、近くを見るのに必要な視力のことで、読書や筆記、パソコンには欠かせないものです。
老眼とは、眼の老化によって近見視力が低下し、近くの文字がはっきりと見えなくなる現象を指します。
ところが、老化でもないのに、近くを見ることが困難な子どもが多くいます。「子どもの老眼」ともいわれる、近見視力不良によるものです。
「以前は見えていた」大人の老眼とは違い、子どもの場合は、そもそもよく見えた経験がありません。近くがはっきりと見えなくても異常とは思わないので、自分から「はっきり見えない」と訴えないのです。
現在、学校で実施しているのは遠見視力(遠くを見るのに必要な視力)の検査ですが、これは、学校教育を円滑に進めるために、「黒板が見えているか」を調べることを目的としています。「遠くがはっきり見えているか」という検査なので、近見視力不良の子どもを見つけることができません。
近見視力不良の子どもがノートに書いた字を見ると、1画足りなかったり、多かったり、線が突き抜けていなかったり、突き出ていたり、という間違いが目立ちます。
通常、私たちは近くを見るとき、対象物にピントを合わせるため、眼の調節力を必要とします。近見視力不良の子どもは、近くを見るときに「より調節力」が必要なため、眼精疲労が大きいのです。
そのため、集中力や根気が続かなくなり、学習能率も低下します。本当は視力に問題があるのに、「能力がない」「努力が足りない」と思われ、勉強嫌いや学校嫌いになってしまうケースもあります。
小学生787人の2割が「近くが見えない」
遠見視力検査は、5m離れた距離からランドルト環(上下左右のうち1ヵ所が欠けた環状の視標)の切れ目を判別します。一方、近見視力の検査は、30cm離れた距離で、同じランドルト環を50分の3に縮小したものを判別します。
「近くが見えているか」を簡単に調べられるように、簡易近見視力検査法を考案

私たちは、「近くが見えているか」を簡単に調べられるように、簡易近見視力検査法を考案しました。
眼前の活字を判読するのに必要な近見視力「0.8」、3歳児に必要な近見視力「0.5」、練習用の近見視力「0.3」の三つのランドルト環を使って、近見視力の簡易検査ができます。
もちろん、大人の老眼の検査にも使えます。
これを使って、2010年に小学生787人を対象に行った近見視力検査では、近見視力不良が疑われる児童(0.8未満)は、146人。全体の2割近くに達しました。そのうち、89人が遠見視力と近見視力の両方に問題がある児童。残りの57人が近見視力だけに問題のある児童でした。
遠見視力と近見視力に問題がある89人は、眼科医院を受診するよう学校から勧められるため、その後の精密検査で近見視力不良も発見される可能性があります。
近見視力不良は、早期に発見し、適切な対応を取れば状況は改善する

しかし、後者の57人は、遠見視力検査では「問題なし」とされているため、眼科を受診する機会はありません。
「遠くが見えていれば、近くも見えているはず」という思い込みにより、周囲の大人も、本人も、近見視力不良に気付かないまま一生を終えることになるかもしれません。近見視力不良は、できるだけ早期に発見し、適切な対応を取れば、状況は改善します。
近見視力不良の原因の一つに眼の「ピント調節機能」の不良がありますが、この場合、視覚トレーニングが有効でしょう。
実際、大阪府内の小学校では、毎朝「近くと遠くを交互に見る」トレーニングを行い、子どもの視力向上効果が認められています。ペンを片手に持ち、腕を伸ばしたり(遠)、縮めたり(近)しながらペン先を目で追う、というものです。
子どもと一緒にトレーニングをした50代のクラス担任が、老眼が改善したことを実感されています。
可能性に満ちた子どもを守るために、簡易近見視力検査の普及を願っています。
高橋ひとみ
桃山学院大学法学部教授。健康教育学分野専攻。高知大学教育学部卒。東京大学大学院教育学研究科衞藤隆研究室私学研修員(2007年)。子どもたちが、健康上の不利益を被ることなく、快適な学校生活を送ることができるように、と健康教育学分野からの研究を行っている。著書に『子どもの近見視力不良~黒板は見えても教科書が見えない子どもたち』(農文協)などがある。