解説者のプロフィール

高倉伸幸(たかくら・のぶゆき)
1962年、三重県生まれ。88年、三重大学医学部卒業後、血液内科医として臨床に5年間従事。その後、画期的なガン治療薬および組織再生療法の開発をめざして基礎研究に入る。97年、京都大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。熊本大学医学部助教授を経て、2001年、金沢大学がん研究所教授。2006年より現職。日本血管生物医学会理事、大阪大学大学院医学系研究科・組織再構築学講座、金沢大学がん研究所客員教授を兼ねる。
毛細血管の老化や障害を抑制する「シナモン」の作用
お菓子作りなどによく使われるシナモンは、香辛料のなかでも、比較的身近な物として知られているのではないでしょうか。
漢方の世界では、桂枝や桂皮と呼ばれ、生薬(漢方薬の材料となる天然物)のなかでも、頻繁に使用されています。つまり、東洋医学の世界では、古くからシナモンの効果が高く評価されているのです。
実はこのシナモン、最新の科学的な研究で、毛細血管の老化や障害を抑制する作用があることが判明しました。毛細血管の老化や障害を抑えることができれば、滞った血流を回復させ、高くなった血圧を下げる効果なども期待できます。
そのメカニズムについて、説明しましょう。
血管というと、太い動脈や静脈を想像するかもしれませんが、実は血管の95〜99%は毛細血管です。毛細血管は、太さ5~8㎛の微細な血管で、それが目を含めて全身にくまなく張り巡らされることで、健康状態が保たれているのです。
ところが、毛細血管は40代半ばから急激に減り始め、80代までに皮膚表面に到達する毛細血管の数は、4割も減ると言われています。しかも、近年は、生活習慣の悪化によって、若いうちから毛細血管が消えてしまう人が増えています。
私は、この消えた血管を「ゴースト血管」と呼んでいます。
血管がゴースト化すれば、当然、その周辺には栄養素や酸素が届かなくなり、働きが低下します。修復されればよいのですが、修復に失敗すると、その組織は消失するのです。
その結果、見た目の老化が進むことはもちろん、全身の健康が悪化していきます。

血管の2層構造の維持が大切
血管は、内側の内皮細胞と、外側にある壁細胞の2層から成っています。外側にある壁細胞が内皮細胞を包み、血管内の栄養分や水分が必要以上に漏れ出るのを防いでいます。この2層構造がきちんと維持されていれば、血流は保たれ、体の隅々まで血液が行き渡ります。
健康な血管であれば、内皮細胞と壁細胞の間は、ピッタリくっついています。この2層が接着しているのは、壁細胞から分泌される「アンジオポエチン-1」という成分の働きです。
この成分によって、内皮細胞にある「Tie2」という分子が活性化されるため、まず内側の内皮細胞同士の接着が強くなり、結果として外と内の細胞が接着できているのです。
ところが、年を取ると、壁細胞は傷つきやすくなり、アンジオポエチン-1の分泌が少なくなります。すると、Tie2が活性化されなくなり、血管内皮細胞と壁細胞の接着が弱くなって、はがれやすくなります。
壁細胞がはがれると、血管は管状の構造を保てなくなり、血管内皮細胞にすきまができ、栄養分や酸素が漏れ出します。老廃物も吸収されず、血管細胞が死んでしまい、毛細血管がゴースト化していくのです。
私たちの体の血管の、95〜99%は毛細血管ですから、その毛細血管が減ってしまうと、血液が隅々まで行き渡らなくなります。すると、血液を十分供給しようとして、心臓がポンプ力を強め、血圧が高くなります。
また、血液が途中で漏れ出すことで、むくみも起こります。むくみは、見た目の問題だけでなく、血管の状態を表す重要なサインなのです。
シナモンにはTie2の活性を高める作用がある
さて、血管内皮細胞と壁細胞の二層構造を維持するために、ポイントとなるのは、血管内皮細胞に存在する「Tie2」です。
Tie2が活性化すれば、血管内皮細胞の細胞どうしや、血管内皮細胞と壁細胞の接着が、強くなることがわかっています。それによって、血管の構造は安定し、血液が漏れ出したり、血流が悪くなったりするのを防げるわけです。
Tie2を活性化する「アンジオポエチン-1」を、高血圧になる遺伝子を組み込んだ実験用マウスに投与すると、毛細血管の構造が保たれ、血圧は上がらなかったという研究も報告されています。
そこで私たちは、Tie2の活性を上げる天然由来の物質を探すため、多くの植物エキスを調べました。
その結果、シナモンに、Tie2の活性を高める作用があることが判明したのです。
実際、10数人のかたにシナモンを摂取してもらった試験では、むくみが改善したという報告を得ました。これはつまり、シナモンがTie2を活性して血管が修復され、血液の漏れが防止できたことを意味しています。
試験管内の実験では、内皮細胞を培養している培養液にシナモンを加えると、15分ほどでTie2が活性化し、内皮細胞同士が強固に結びつくことが確かめられました。
なお、組織が修復する際、血管新生というしくみが働きます。血管の細胞が修復されて血流が戻ると、その血管はまた新たに先へ先へと伸びていくのです。
退化した血管も再生するということです。
それでは、血管を修復し、途絶えた血流を改善するには、シナモンをどのくらい摂取すればよいのでしょうか。
1日に0.6g週2回程度とればOK
私たちの実験結果から類推すると、シナモンパウダーで、1日0.6g、週2回とるとよいと考えられます。パウダーボトルの大きさにもよりますが、だいたい2~3振りで十分です。漢方薬の桂皮を摂取してもかまいません。この場合も、1日0.6g程度で十分な効果を期待できます。
ただし、とり過ぎは禁物です。シナモンには、過剰に摂取すると肝障害を起こす物質が含まれています。
1日10g以上はとらないでください。
とり方は自由です。カレーに混ぜたり、コーヒーやバナナ、トーストに振りかけたりしてもよいでしょう。食べやすい方法で摂取してください。
おすすめはコーヒーです。シナモンが健康にいいのはもちろん、コーヒーの健康効果についてもたくさんの研究があります。コーヒーが含むポリフェノールには強い抗酸化力があるのです。
アメリカ国立がん研究所は、40万人を対象に約10年間の長期にわたる追跡調査を行いました。この調査によると、1日6杯以上コーヒーを飲む習慣がある人は、ほとんど飲まない人に比べ、死亡リスクが男性で40%、女性で43%も少なくなっていました。
また、コーヒーを飲む人は、飲まない人に比べ、肝臓ガンの発症リスクが約50%、2型糖尿病は24%、パーキンソン病は33%も低くなることがわかっています。
つまり、シナモンコーヒーは、全身の老化・病気対策に最強の食品と言えるでしょう。

むくみが気になるかたや、血圧が高めのかた、高血圧と診断されて薬を服用中のかたも、ぜひ試してください。シナモンには、血管を修復して血流を回復させる作用だけでなく、血管拡張作用があることも知られています。その両方の効果によって、血圧が下がる可能性は、かなり高いといえるのです。
さらに、シナモンには、血糖値を下げる効果があることも確認されています。内臓脂肪型の肥満で、高血圧や高血糖、脂質異常症を合併している、いわゆるメタボリックシンドロームのかたには、特にお勧めです。
また、目は、毛細血管が集中している部分です。血管が若々しくキープされるのならば、飛蚊症や緑内障(視野が欠けたり狭くなったりする病気)、加齢黄斑変性(網膜の中心にある黄斑部に異常が起こる病気)など、目の諸症状の予防・改善にも役立つと考えられます。